突然ですが、シンコシンクの処女作『LIKE LIE CRY』のセルフレビューをしてみました。
まずは溝野の書いたものから。

LIKE LIE CRY  セルフレビュー

・文体や表現方法については間違いは少なかった。でも全体を通して見ると、要所で伝わりにくい表現があったり、文章を際立たせたいのか長文になりがちな部分が見えた。
この辺り、当時の自分自身が『長い文章や独特の言い回し=文章力』というとっても恥ずかしい勘違いをしていたのだろうと。
伝わるか否かで言えば伝わるとは思うが、理解は出来ないという感じ。

・事象と感情のバランスが悪い。感情、主に主人公の独白での自問自答が長いのに、それに対する答え(行動)があっさりしすぎていて拍子抜けする。
それに加えて曖昧な表現や、どういうわけか主人公の独白でさえはっきりとしない表現を多用しているので伝わるものの弱い。
そのせいで情報量が多くなってしまって、結果的に文章量が多い。文章量が多くなってテンポが悪くなる。その上、長いから読むのが苦しく感じる。

・キャラクターについては掛け合いなどは上手く出来ていたと思う。キャラクターが一応、ちゃんとこのキャラクターが話してるんだな、って言うのが分かる。
ただ、主人公の独白が無駄に長い。それと、みんな主人公に優しすぎる。主人公が他者に何も与えていないのに(何かしらの自発的な行動をとったり、仲間を助けたり等をしていない)彼の周りの人たちは、彼に対して受け入れ姿勢万全で、何かしらトラブルがあってもすぐに解決し、仲直り。
これじゃあ物語に盛り上がりが無い。
主人公については後述します。

・事象→感情→言葉の応酬の順序だてが崩壊しているところがいくつかあった。(これは今でも炭谷に言われる)
台詞と行動のリアルタイム性が保たれていないからログを読み返したり、会話や心情に違和感を感じるところがあった。
加えて主人公のモノローグの文字が多くなって、キャラクターの台詞が少なく見えてしまったり、キャラクターの掛け合いのテンポの邪魔をしてしまう文章が目立つ。そのせいで読み進め辛い。

・序盤と終盤でのキャラクターの変化があまり見られない。そのせいで終始、割り振られたキャラクター性しか見えてこないので、キャラクターやヒロインが記号化したテンプレートの貼り付けのように感じる。

・キャラが行動するとか話すとかじゃなく、この台詞を言うキャラ、この行動をするキャラはこの人物みたいな感じがする。
せっかく登場人物が多いのに、特定のキャラクターだけが主人公との対話を繰り広げる感じになり、飽きてくる。これも読み進める妨げになっている。

・一番問題があると感じたのは物語性。
まず、主人公の人間性。何か言われれば頭の中で悩み続け、誰かが手を差し伸べてくれるのを待つ。そのくせ、自尊心は強いらしく回りに自身の本音を隠して強くあろうとする。でもそれもダメ。
結局、とっても優しすぎる友人たちがまるで主人公の思考を読み取ったような行動をして、助けられるというファンタジー。
こういうところ、溝野の願望の表れなのだと思う。
・プライドや弱い心、知られる事への恐怖とかを隠している主人公。そういうテーマであるという前に主人公に好感を持てない。
自発的に行動できないくせに、手は早い。でヒロインや友人に好かれる? やっぱり好感を持てない。

・そういう問題児が社会に出たり、環境が変わって、今までの行いが如何に間違えているかを痛感して、改善するような物語になれば良かった。

・物語は、上手くいかないからこそ(挫折や失敗)それに立ち向かったりして、面白くなったりするのに、その過程がぶっ飛んでるせいで、主人公の物語が陳腐。

・日常描写にも意味のある台詞の応酬が欲しかった。読み飛ばししても差し支えないシーンが何個かあった。それはそのシーンじゃ無きゃ出来ないわけではなかったと思うし、シーンごとに描写が多いので、台詞は10も無いのに無駄に長いシーン(退屈なシーン)がある。
しかも結構多い。こういう部分を削ぐだけでも、読みにくさは多少解消されていくと思う。

・人間関係にも同じ事が言える。
キャラクターの人間関係がガバガバ。啓太と由美が幼馴染っていう設定、活かせてない。八坂の兄弟の存在って必要だったか? 他にもあるけど。
対主人公との関係性はまだ悪くないと思うけれど、それもまあ、他のキャラクターが優しすぎるから、そうじゃなきゃ物語終わってるんだろうけど。

・対キャラクターもっとさまざまな感情を入り混ぜれば、主人公の独白にも意味を持たせやすかったかも知れない。
全員に対して、優しいやつだな。というなんか甘ったるい感情に収束してません?
どうしてもこうじゃなきゃならない、というシーンや台詞がほぼ無い。

・物語性の無い、長い文章が余計にこうじゃなきゃいけなかったのか? と思わせる感じがあった。情景描写や心情描写が、何だかこのシーンを書きたかっただけなんじゃないか、という感じ。
でも前後関係や、そのシーンに行く過程での、描写の積み重ねや伏線が足りないので、シーンや台詞や描写が浮いてしまっている。

・いろいろ上げたけれど、結構酷い。
処女作でまともにプレイできるってだけでみんな甘めの評価をしていたんだと思う。
とにかく主人公の言動に好感が持てない。それが狙いだと考えていたならそれを改めるべきだ。
終始ぶれる弱い心。変わって帰ってきたんじゃないんですか? と言いたくなる。
当時の自分を殺したい。調子乗るな、意味の分からない自論で回りの意見をねじ伏せるなと。
やっぱ、いくらの主人公は自分のそういう部分が出てしまってるのかも知れない。

以上が溝野のセルフレビューです。
次に僕、炭谷一郎が書いたものです。

とりあえず文章を書き始める、ということから始めてみることにした。
ライクライクライというゲームは、シナリオが30万文字近くある。
プレイしようと思ったら、何十時間も掛かることが予想される超大作だ。
そういうわけで、「もう一回やるのめんどくせぇな……」というのが僕の偽らざる本心だ。
しかし、あのゲームに最後に触れたのが二年以上前である。
内容はあまり覚えていないような気がする。
けど頑張れば書けそうな気もする……。
とりあえず、記憶をたどりながら、ライクライクライについて書いていくことにする。
そして、あまりにも何も覚えていないことがわかったら、その時は観念して、あのゲームをもう一度プレイしてみようと思う。
と思ったら、ライクライクライ制作終了後に書いた、振り返り用のメモを発掘したので、そのまま貼りつける。
1 主人公の成長が、友だちと会話する→よし、変わろう! の繰り返しでしかない。主人公が自らの意思で壁を乗り越えたりするようなシーンが無い。

これは、今でもそう思う。そしてライクライクライから今に至るまで、溝野が書こうとする作品の根幹がこうだ。主人公が「変わろうと思うかどうか」でしかないのだ。そして変わろうと思ったら、すぐに話が好転していく。はじめから、目的達成に対する障壁が実際には全くないのだ。おそろしいほどに。人間が努力をしているシーンが全く描かれない。主人公以外のどの人間も努力をしていない。これは溝野自身がブログでも書いたことだけど、本人が人生において「頑張ろう」と思ったことがないらしく、それが関係しているとのだと思う。そして僕はそこが嫌いだ。だってここにはドラマが生まれない。

2 未来ちゃんが、ラストシーンで告白するようなことが描かれていない。周りに適応しようと頑張ってる感は、ほぼ感じとれない。

なんか女性に対するクリシェ感というか……そもそもこの作品をプレイして、未来という女性がどんな人間なのか、全然理解ができない。僕も人間を描くことのできない人間だという自覚はあるのだけど、未來ちゃんのラストシーンの告白の、取って付けた感は尋常ではない。(シンコシンクの二人の、「最後にキャラクターのバックボーンを直接的に台詞で吐露させる」ってクセは、技術力の無さのせい。恥を知るべき)

3 殴り合いのシーン。暴力に対する感覚が、ちょっとライト過ぎると思う。単に俺が痛いの嫌いだからかもしれないけど、殴られた後にあんなやりとりは難しいと思う。あと、殴った後の罪悪感について、俺の設定にコメントくれてたけど、主人公が人を殴るということを簡単にしすぎな気がする。ただでさえ、自分が暴力を伴ういじめを受けてたっていうのに、あれはライト過ぎる。虐待されてる子どもの方が、暴力を振るいやすい傾向があるというのはわかるけど、自制心とか社会性を備えた年齢の主人公が、人を殴った後にさっぱりと忘れてしまうのはどうかと思う。その後も、正治さんを殴るし。

二年前に書いたコメントだけど、ここのところは特に付け足しがない。やっぱりこの男の書く主人公は、いつでも、幼稚園児みたいな精神だ。寂しい時はしょんぼりする→誰かが構ってくれる。怒った時は人を殴る→怒りを誰かが受け止めてくれる。こんな人間を傍に置きたいと思う人間はいないはず。少なくとも高校を卒業した年齢の人間であれば。

4 海の家で口論&殴り倒しは難しいと思うやっぱり……

主人公が海の家で、友人と口論し、殴る→すぐに仲直りするというシーンについてのメモ。海の家で、大声での口論&暴力が平然と繰り広げられるのに、周りや店員の反応が一切描かれないことについての違和感。これは執筆時に指摘したことだ。しかし「海の家なんてこんなもんですよwwww」と一蹴されてしまった。こんなもんらしいので、特に突っ込まなかったけど、今考えてみてもおかしいと僕は思います。細かいですか? けど、舞台を変えるとか、客がいないとか店員が席を外しているとか一言添えるだけでツッコミどころを無くせるんですよ。そういう細かいところに気が回らない人が作る作品を俺は好きにはなれない。

5 ドラマがない。主人公が悩む→友だちとの対話で解決って、ドラマとは言わない。それを狙っているのかな、っては思うけれど。

「それを狙っているのかなって思う」って補足を書いたけど、それから二年経ち、彼が作ったいくつかの作品や作品の原案を読んだがすべてにおいて共通している。何度指摘しても変わらないので、これはもう永久に直らないのだろうとは思う。

6 主人公のバックグラウンドが生きてない。母親との確執については、主人公のモノローグを少し削ればなんとかなるような気はする。

冒頭で描かれる、主人公の産みの母親のひどい振舞いについて、その後なにも触れられない点は非常に気になる。また、おかしいのは、その母親に対する憎しみまじりの想いが、主人公の人格形成になにも影響を及ぼしていないように見えるところである。あれだけ強烈な不貞、伴侶の心を踏みにじるような母親像を描いておいて、それが主人公にまったくかかわりのないことになってしまうなんてあり得ない。制作終了後に直接本人に聞いたら「そこは読んだ人に想像してほしいんだよね」とのことだった。あれだけ長く長く長く長く文章を書いておきながら(ネバーエンディングストーリー)、「想像してほしい」なんて思いがあったというんですか!? この男の凄いところは、自分に都合のいい理論武装には余念がないところ。……まぁその場その場で適当に喋っているだけなのかもしれないけど。構成力がないというか、作品内での、物事の因果関係が自分では把握、コントロールができない人間なのだと思う。もちろんパラメータのバランスがいい作家がいい作品を作るとは限らないので、それを補うなにかが備わっていれば、全然問題にはならないんですけど……。

7 個人的に、啓太へのいじりに不快感を覚える部分がある。「啓太が本気で嫌がればそれでいいのだ」みたいなくだりがあるけど、正直どうかと思う。ここに不快感を覚えるのは俺だけか?

主人公たちのグループのたまり場は、同級生の男子の親が営むカフェである。その男子が根っから明るいキャラで、時に仲間たちからいじられるのだが、その中で、「今日の会計はお前の奢りな」みたいなことを言われるシーンがある。「まぁ冗談だよ」みたいな台詞があればいいんだけど、なかった。さすがに倫理的にアウトと言うか、自分が読んでいて非常に不快だったので、溝野に提言した。そうしたら「嫌なら彼が本気で嫌がればいいのだ」というくだりが追加されたという話。なお悪くなったと思う。「本人が嫌がっているように見えるかどうか」を基準にしている時点で、この主人公のコミュニケーション能力、道徳心の無さがうかがえる。そしてその主人公を平然と書いている溝野のモラルの低さにも唖然とさせられる。個人的には、こういう「いじり」の名目で人を卑下したり、嫌がることを断りづらい空気にしたりする人間が本当に嫌いだ。作品の中で、常識を外れるようなことが描かれるのであれば、そういうことをする原因、そして結果がしっかりと提示されるべきだと思う。

8 主人公のキャラクターがぶれすぎている。一人の人間だとは思えない。設定に食い違いすら見られる。

執筆が長期間に及んだことが原因の一つではあると思う。しかしどんな主人公だったのかあんまり覚えていないので、具体的なことを書けない……。もし再プレイするようなら、ちゃんとしたこと書きます。けど、「キャラクターのブレ」って、どんな作品でもけっこう起こることだと思う。まぁけど、「俺は強くなって帰って来た」っていう設定が何一つ意味を成していないところがこわい。

9 文章が冗長すぎる。無駄な情景、心理描写があまりにも多い。読むのが苦痛なレベル。

まぁ書いたままのことです。30万文字あるらしいですよ、ライクライクライって……。主人公の「俺は俺のことが大好きでんねん~」って部分を削れば多分20万文字くらいにできるんじゃねーの? あれは忘れもしない、今から三年くらい前ののこと……。背景イラストを担当してくれた朝凪さんと初めての顔合わせをする約束をしていた日。溝野との待ち合わせ場所に、僕はイヤホンで音楽を聴きながら向かった。そんな僕を見て、「街中の雑踏の音を聞いて、描写とかに活かすわけよ」と言い放った。……おまえもまだ一作も出してない身分なのに、なんで偉そうなん!? 活かされた結果がコレモンすよ。いつだったか「みんな背景とかあんまり描写しないけど、もったいなくない? って思うんだよね」って言ってました。背景描写しないのがもったいないという概念が存在するってことを知らなかったです。目から鱗。

10 未来のキャラが薄すぎて何も感情移入できない。

書いたまま。制作中「無個性であるが故に、読んでいる人が昔好きだった女のことかを投影できるかもね」とフォローした。その言葉が気に入ったようで、その後は自分から「昔好きだった人のことを思い出してくれるように無個性にしたんだよね」と言い張るようになったというヒストリーがある。

11 三人称になってしまっている部分がある。主人公をリアルに描こうとしているところと、主人公を通してメッセージを伝えようとしてしまっている溝野が透けて見える。主人公が叙情的すぎ。わけもなく。

どうして主人公はあんなに抒情的だったのだろう。18歳の少年と青年の狭間くらいの男の心情としては異様に達観していたりする文章が多発していたので、三人称……ていうか溝野の思ったこと、(イイこと言ったぜ俺)みたいな文章が多くって、いやね。

12 会話と、会話へのリアクションのラグ。会話を終えてから、会話へのリアクションをまとめて行っている。読みづらいし、リアルタイム感が消えてしまうので入り込みにくくなっている。

これは今でも改善されていない溝野のクセなのだけど、会話と地の分に時差がある。再プレイしたら具体例を上げたいです。かんたんに説明すると、何行か台詞でのやりとりを続けたあとに、地の分で台詞のやり取りの頭のところからの反応を書くというパターン。テンポがたいへん悪くなります。

13 心理描写がくどい。台詞で読みとれるであろう部分を、わざわざ主人公の心の中で反芻する必要はないように思える。

書いたまま。長い。長すぎる。要らない文章ってものが気にかかるタチなので、俺が気にしすぎなのかもしれないけど、これは長いし要らないものが多すぎる。人物の台詞と、地の分とで情報が重複している部分が多くてテンポが非常に悪い。

文章が長すぎるという点には、僕にも原因の一端がある。
この作品を作るにあたり「頓挫するのだけは避けよう」という目標を設定していたのである。
そのため、溝野が書いた文章を批判しなかった。
歴史にもしもはあり得ないので、「僕がスパルタで溝野に接していたら、ライクライクライは完成しなかった」といった想像には意味が無いが……いや、冷静に考えると、別にライクライクライを完成させたことにも、もはや意味は見いだせないな……。結局、「作品は一人の人間のものでしかありえない」の原則にもっと早く出会えていればよかったのだ。この話には「だからこそ、企画の統率者は信用できる人間に担わせる」と続くわけで、最初から自分が心血注ぐに値する企画であるかどうか吟味をするべきだったのだ。今さら、本気で後悔しているわけではないけど、もっとうまいやり方はあったはずなんだよなぁ。

話を戻そう。作業的には最後に取り掛かっていた「由紀」ルートで、情景描写が濃い部分があった。
たしか海沿いを自転車で走るシーンだったと思う。
「この風景描写……めちゃくちゃ良い出来でしょwwww」
溝野が、自らそんなことを言ってきた。
僕がそれまで、とにかく褒めちぎり続けたことで、彼自身が抱いていた「俺ってもしかしてすごい奴なんじゃない?」という想いが肥大化してしまったのだと思う。
ここで、「うん! 溝野君すごいよ! 天才だよ! ノーベル文学賞受賞間違いなしだね!」と言えば良かったのだが……そのころになると僕も、「あれ、もしかしてこのゲーム、文章長すぎじゃねーか……?」と思い始めていたため、「うん……まぁ……そうかな……」みたいな、曖昧な返事をしてしまったのだ。
すると溝野は「こんなに良い文章書ける奴いねーよwwwww書けるもんなら書いてみろよwwwwwwww」と言った。
その時俺は確信した……とんでもないバケモンを作ってしまったのだと。
人は、これほどまでに天狗になることができるものなのか……?
だって、まだ、発表してもいない作品だし、文章を世に出して評価された経験もないのに、なんでこんなに調子コけるんだ?

また、この頃の溝野の調子コキっぷりを象徴する発言が他にもある。
完成したゲームをどれくらい持っていくか、という話をしていた時だ。
この時、作品を売るという行為が未経験だった。
しかし「おすすめ同人ゲーム紹介」のみなみさんや、「窓の杜」の友二郎さんが、ライクライクライの体験版を好意的にレビューしてくれていたので、童貞ではあったが、ちょっとした自信も持っていた。
そんな状況だったので、僕としては50本持っていけば、まず売り切れることはないだろうと判断した。相場が分からなかったのです。
もし売り切れるようなことがあったとしても、それはそれで、「完売しました」ということでハクがつく。
そう思って提言したのだが、溝野は
「100本か200本あれば足りるかなぁ?」
と言った。
俺と彼が、同じ現実を見ているとは、到底思えないような差だった。
運搬が相当面倒なことになるので彼を説得し、結局は50本持っていった。
結果的に、ライクライクライは半分以上持ち帰ることになった。
溝野のその時のへこみぶりと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。
しかしイベント後、サークルのミーティング時に振り返りを行っていたところ、
「うん。ライクライクライは、自分が思ってたよりも動いてくれたから、確かな手ごたえを感じてるよ」
と語ったのである。
「自分が思ったよりも動いてくれた」……?
ならばなぜ「100本」持ち込もうとしたのだろう。
しかも実売数が20本前後なのに、「思ったよりも動いた」と言うのであれば、当初の想定はいったい何本だったのであろうか……。

また、この男の「女性からの感想を貰うこと」に対するこだわりの強さというのは一筋縄ではない。
いつだったか……以前僕が「童貞のために物語を作りたい」という旨の話をしたことがあった。
経緯の詳細は失念しているので、もしかしたら僕が彼に対して礼儀を欠いたような物言いをしたのかもしれない。
しかしこいつは「は!? そんなこと言って逃げ道作んないでほしい。自分は女の人にもやってもらいたいと思って作ってるね!」
とブチ切れあそばれた。
この人と長年付き合っていて思うのは、僕が「こうこうこう思う」とか「こういうこと言ってる人がいた」って話をして、それが溝野の考えと遠かったら、こうしてめちゃくちゃ直情的な反応しかしないのである。
「そういう人もいるのね」という受け取り方はできず、とにかく感情的にバッシングを展開し始める。
ライクライクライ発表後、女性からのリアクションの少なさは本人にとって少なからずショックなのだろうと思う。

第一弾はこんな感じでした! 今後も続くかもしれません!
みんな、いくらプレイしてね!