11/ネバーランド

できれば朝食の席に行くのも嫌だったが、夕食を抜いていたので、さすがになにか腹に入れておかないとまずい。
目を覚まして、ベッドから立ち上がったらめまいを起こしてしまったので、限界に近いのだと思う。
まぁ、朝なら咲子もいるだろうし、母さんもアレについてはなにも言ってこないだろう……。

「由紀彦、ちょっと」
俺の目論見はうまくいって、飯を食べてる最中は特になにも言われなかった。
ただ、登校の準備を終えて家を出ようとしたところで、母さんに呼び止められた。
「いや、学校行かなきゃいけないから、時間ないんだけど……」
「いいから少し聞きなさい」
言い訳は通じなかった。
「昨日のこと、どういうつもりなの?」
「どういうつもりって……」
「見学に行くって言ってあったよね。なんで黙って出て行くわけ? 行きたくないなら、どうしてちゃんと言えないの?」
……強引に話を進めていってるのは、どっちだよ。
どうせ俺がなに言っても、聞きやしないくせに。
「塾が嫌なのよね? 周りの子と付き合うの、あんた苦手なんでしょ?」
「……は?」
言われるのがすごく嫌なことを、母さんは平然と言う。
……けれど、なにも言い返すことはできなかった。
「だからお父さんと話し合ったけど、家庭教師の先生についてもらうことにしたから。どうせ部活もやってないんだし、時間はあるでしょ。日にちとかもお母さんが決めるから。先生が来る時間は絶対家にいるのよ。あんたが逃げたら、お金をドブに捨てることになるんだからね」
「わかってる? 家庭教師って、塾よりも高いんだからね? お母さんもお父さんも、あんたのことそれだけ考えてるってことよ?」
……押しつけがましさを感じてしまうのは、俺の心がひねくれているからなのか?
「先生に来てもらう日までには、部屋のアレ、自分で捨てときなさい。見た時、恥ずかしくってしょうがなかったわよ。なにも言わないだけありがたいと思いなよ。もう行きなさい」
結局、俺が言葉を発するタイミングを与えてくれないまま、母さんは背中を向けてしまった。
心の色々なところを、踏みにじられたように思う。
胸のあたりが、きりきりと痛んで、本当に苦しい。
俺が悪いのはわかる……けれど、あんなことを言う必要があるか?
あんな言い方……俺を傷つけようと思っていなければ、あんな言い方にはならないよな?
……全部、俺が悪かったんだろう。
親なんだから、俺の世話をするのは当たり前だ、なんてこと俺には言えない。
母さんと暮らしたいと言ったのは、俺の方なんだ。

「おう、由紀彦」
「えっ?」
最悪な気分で通学路を歩いていると、ギンに遭遇した。
私服を着ている。
「お前なにやってんの? 制服は?」
「わりー、俺今日学校サボるね」
「サボるってお前……なんでこんなとこにいるんだよ?」
学校をサボりたくなる気持ちはとてもよくわかるのだが、それならなぜこんなところにいるんだろう。
俺だったら、家で昼まで寝てたいと思うが……。
「まぁ、いろいろあるんだよ。とりあえず、学校終わったら、公園行く道の途中にあるコンビニで待ち合わせしようぜ」
「あぁ……まぁ、いいけど」
「んじゃーな、またあとで」
ギンは手を振ると、学校とは逆の道へと歩き出した。
なんなんだ、急に……。
……成績悪いうえに、出席日数も悪くなったら、ますます受験が不利になっちまうぞ。
わかってんのか、あいつ。

ギンがいないと、学校は本当に退屈な場所だった。
一人で昼休みを過ごしていると、いろいろなことを考えてしまう。
どこかのグループに混ぜてもらうこともできなくはないが、今日はそういう気分になれない。
重くて、痛くて、醜い心を抱えたまま、少しぎこちない空気の中で昼飯を食わなきゃいけないなんて、考えるだけでもやっかいだ。
このあと、授業を二つ受けたら、もう放課後がやって来る。
高塔と会うのは今日が最後だ。
……止めなければいけないと思って、この一週間過ごしてきたが、果たしてどうなるだろう。
特に、動物園に行ったあの日から……高塔のことを知ってからは、俺なりに、あいつのことをわかろうとしてきたつもりだ。
けれど、昨日起きたこと……死に触れてしまったことなんて、むしろあちら側に押し出してしまうようなものじゃないか。
それに、俺は胸を張って高塔に『死ぬな』なんてことが言えるだろうか。
この一週間、いろんなことがどっと押し寄せてきたように思う。
自分が向き合わなきゃいけない問題への、答えの期限が来てしまったのかもしれない。
家族のことも、受験のことも、考えるのを先延ばしにしてきたのはわかってる。
もっと早いうちに向き合っていれば、こんなに苦しい思いなんてしなくてすんだのかもしれない。
後悔なんてしてても、なにもいい方向にいかないことはよくわかってるのだが……。
自分自身のことをなに一つうまくできない、人生を楽しく過ごしていない人間が、自殺しようとしている人間を止める権利なんて、あるのだろうか。
……俺は、高塔とおんなじだったんだよな、結局。
自殺を、自分とはまったく関係のない事柄として捉えていたんだ。
高塔と接してみて、あいつが自殺しようと考えた理由は、なんてことはない、生活していて抱えてしまうつらさや苦しさが重なっていってそうなったんだとわかった。
あいつの場合、自分自身に価値を感じていないようなところがあるが、それは多かれ少なかれ、人が誰でも陥ることがある状態なんじゃないだろうか。
今こうして、俺自身がそういう状態になってみて、よくわかった。
死にたいなんて気持ち、最初は全然理解できなかったが……消えてしまいたい、逃げてしまいたい、なにも感じたくない、先のことなんて考えたくない……そういう感情の終着点の一つが自殺という選択なのかもしれない。
俺なりに、高塔のこと、少しずつわかってきたつもりだ。
しかし、高塔のことを知るにつれて……そして俺自身に嫌なことが起こるにつれて、高塔の決めたことをどうやって止めればいいのか、どんどんわからなくなっていった。
死ぬこと自体を止めさせるやりかたなら、きっといくつもあるだろう。
けれど、高塔の心を追い詰めていった原因が解決されないのであれば、そんなことには意味がないんだ。
……結局、どれだけ考えても、行きつくところは一緒だった。

待ち合わせのコンビニで、ギンは無表情でジャンプを立ち読みしていた。
じっくりと没頭するように読んでいるというより、ただぱらぱらとページをめくっているだけのように見えた。
「待たせたなー」
ギンは俺が隣に立っても気付かずにいたので、妙に居心地が悪かった。
「……あ、もうこんな時間か」
なんだか覇気のない返事をしながら、ジャンプを閉じて棚に戻すギン。
店を出ようとして、店員のおばさんがやたらじっとりした目でにらみつけてきた。
……よっぽど長い間立ち読みしてたんだな、こいつ。

「……どうしよう、由紀彦」
俺もギンも何も話さないまま公園に向かっていた。
こんな時だし、天気の話だとか学校の話なんてしたいとは思えなかった。
それに高塔のこととなると、お互い、おそらく昨日の夕方のことを思い出して、悲観的なことしか言えそうになかった。
これから、高塔と会う最後の時間になるって言うのに、後ろ向きなことなんて考えたくなかった。
……けれど前向きなだけの言葉を吐けるほど無責任にもなれない……そんな時に、ギンがぼそっとつぶやいた。
「どうしようって……高塔のことか?」
「うん……。俺、清子ちゃんのこと、どう説得したらいいかわからないよ」
もともといつもより歩くペースの遅かったギンが、ついに立ち止まってしまった。
俺も、なにも言葉を返せなかった。
そして、ギンは俺が学校で考えていたようなことを、自分の靴のあたりに視線を落としながら話し続けた。
高塔の環境がとても精神を圧迫しているであろうこと……高塔自身が自分の命や人生に価値を感じていないこと……そして俺たちにはなにもできないということ。
「俺もなんだか、いろいろ考えちゃってさ……親父とケンカもしちゃって、成績悪いだとか、ろくな大人になれなくなるとか言われて……。たしかに俺、頭すげー悪いから、大人になっても、俺みたいなやつ雇ってくれる会社なんかあるのかな……。女にもモテないだろうし、友だちだって全然いないし……なんか、これから先生きてても、嫌なことのほうが多いんだよなって思えてきて……」
そして、一緒にいるうちに、むしろ高塔に共感するようになってしまったということ。
「俺なんかよりよっぽどよく出来た清子ちゃんが死のうとしてるのに、なんで俺がこんな生きかたしてるんだろうって思ったら……わかんなくなっちゃったんだよ」
「自分が生きてるだけでいろんな人に迷惑かけてるって、清子ちゃん言ってたじゃん……? 清子ちゃんがそうなら、俺なんて、どれだけ人に迷惑かけてるのかなって……」
……当たり前のことみたいに、小遣いをもらって、飯を食って、服を買ってもらって、塾に通わせてもらって……。
健二さんがせっかく靴もラケットもいいやつを買ってくれたのに、部活だって一年で辞めて。
好きになれない人が稼いできた金で生かされてるってことが、どれだけ恥ずかしいことなのか、これまで考えてもみなかった。
卒業してからすぐに働き出せば、そんな環境からも抜け出すことができる。
……けれど、想像がつかない。
自分みたいな人間を、金を払って雇ってくれるところなんてあるのだろうか。
こんなふうに、すぐに人を殺したいと思ったり、死にたいと思ったりするようなやつが、社会で生きていけるんだろうか。
こんな感情に振り回されながら、これから何十年もどうやって人生送ってけばいいんだよ。
こんなもの抱えながら、社会に出て、何十年も何十年も仕事をしながら生きていかなきゃいけない……。
そんな人生って何の意味があるんだろう。
苦しいことも悲しいことも、誰にも話せない。
まわりのやつらがみんなばかに思えることも、自分が世界で一番どうしようもないくずに思えることもある。
心が安定しないで、ずっと浮いたり沈んだりを繰り返している。
こんなやつが、生きていけるほど、社会は甘いものだろうか。
社会が不況で、失業者が増えていると毎日のようにニュースが流れている。
「俺なんか人に迷惑かけてるだけだし、生きててもしょうがないんじゃないかって思うんだよ……」
高塔だけじゃなく、ギンも生きることをやめたいと思い始めてしまった。
いつも能天気に笑ってばかりいると思っていたこいつが、こんな風に後ろ向きになるなんて、以前だったら信じられないことだったはずだ。
けれど、俺自身も、こいつとかなり近いことを考えてしまっている。
生きていて、人生が良い方向に進むなんて考えられない。
むしろ、今自分が親や周りの人に迷惑をかけていることを考えると、いなくなったほうがいいんじゃないか。
どう考えても、そういう答えにしかたどり着けない。
「ギン……高塔に、メール送ってくれないか?」

12/teen’s

俺たちは高塔と、昨日見つけた崖の近くのベンチで落ち合った。
ここに来るまでにギンと話し合っていたこともあり、日はとうに傾いていた。
空気はすでに冷えはじめていて、吹き付けてくる風が俺たちの体から熱を奪っていく。
ベンチには、高塔が真ん中に、右側にギン、左側に俺というあの日の電車と同じような形で座った。
山が、川が、橋が、グラウンドが真っ赤に染まっていく。
部活帰りの高校生たちが、自転車に乗って競争している。
若い男と女が、土手の上のベンチで肩を寄せ合っている。
川の近くを、太った老犬を引きずるように散歩させているおばさんがいる。
糞ぐらいちゃんと拾って帰れよと思ったが、もう、そんなことはどうでもいい。
「……太陽、あと少しで見えなくなっちゃうね」
高塔が正面の山々を見つめながらつぶやく。
ここで夕焼けが見たいと言い出したのは俺だ。
そして、俺とギンが決めたことも一緒に伝えた。
太陽が山の向こうに沈むのを見届けたあとのことは、きっとわかっているんだろう。
ただ、夕焼けが見たかっただけではない。
少し自分の考えを整理して、言葉にする時間が欲しかった。
もうおそらく、時間はほとんど残っていないのだと、高塔の言葉が意識させてくれた。
「……あのな、高塔」
その隣にはギンがいるし、余計に言いにくいが……後回しにしていたのは自分なのだから、しょうがない。
「なに?」
高塔が顔をこちらに向ける。
夕暮れの光に照らされているその顔は、どこか儚げに感じられた。
こんな近くで、まっすぐに見られると、やはり決意が鈍ってしまうというか……言葉がストレートに届きすぎてしまうんじゃないかと、不安になってしまう。
しかし、少し視線を落とすと、高塔の左の手首にある傷跡が目に入る。
……言わないといけないんだ。
これが最後のチャンスなんだ。
「この傷のこと……あの時、ひどいことを言ってごめん。いくら酒飲んでたとはいえ、俺がお前に言ったことは最低だと思う。それに、謝るのがこんなに遅くなったことも……本当にごめん」
高塔の目を見ながら言った。
何度も言葉がつかえそうになったし、目を逸らしそうにもなってしまったけれど、なんとか最後まで言うことができた。
「……いいよ、そんなこと。気にしないで」
「いや……気にしないなんて、そんなことできない。お前のこと傷つけたし、この傷だって作らせて……」
「傷なんて、治るものなんだから別にいい」
「……その言い方じゃ、お前の感じた痛さだとか、つらい気持ちとかが、どうでもいいって言ってるように聞こえるぞ」
「……どうでもいいとは思っていないけど、大事なことではないから」
「お前、そんなことな……」
「それより、私の方こそごめんなさい」
俺の言葉を遮るようにして、高塔が言う。
少し決意の宿ったような、こいつらしくない瞳だった。
ギンはぼーっとした表情で川のほうを眺めている。
「ごめんって……なんだよ?」
「あなたたちのこと、巻き込んでしまった……」
高塔の目のはしから、なにかがこぼれた。
「こんなつもりじゃなかったの。静かに、誰にも迷惑をかけないで死ねればいいって思っていたの。なのに、こんな風に、あなたたちを……」
「おい、なに言ってるんだよお前」
高塔は泣いていた。
その大きな目から、涙がとめどなく溢れてきて、頬を濡らしていく。
「あの時、ちゃんと、死んでればよかった。そうしたら、あなたたちに、迷惑かけないですんだのにっ……」
涙が流れていくほどに、高塔は言葉を正常に紡ぐことができなくなっていった。
ついには両手で顔をおさえて、しゃくりあげるようになってしまった。
こいつ……。
「お前なぁ! 俺たちがお前とツルんでたのは、俺たちがそうしたいって思ったからなんだよ! 迷惑かけてるだとか……お前がそんなこと思う必要なんか全然ねーんだよ!」
高塔の肩を掴んでいた。
高ぶった感情を抑える術を、俺は知らなかった。
高塔は驚いたような瞳で、ぽかんと俺を見ている。
「迷惑なんて、なに一つないだろ。俺たちはお前と会って、いろんなことを知ったし、楽しいことだっていっぱいあったんだよ。なのになんでお前は、そんなに……そんなに、自分のことを価値のない人間だなんて思うんだよ。自分のことを責めようとするんだよ。お前のおかげで、気付けたことがたくさんあるんだよ。お前の母ちゃんがお前のことなんて言ってるか知らねーけど……お前は良いところだってたくさんあるじゃねーかよ! ちょっとはそのことに気付けよ……!」
なぜか俺の方が泣きそうになってしまって、これ以上は言葉にできなかった。
高塔の涙のしずくがしたたり落ちる。
「そ、それに、これは俺たちが決めたことなんだ。俺たちが自分で考えて出した答えだ。お前には関係ない。迷惑だなんて、絶対思うなよな」
高塔のほうを見ていることができずに、崖のほうに向きなおった。
高塔は、俯いたまま、なにも言わずに涙を流し続けていた。
……最後だっていうのに、なんで俺は、あんな言いかたをしてしまったんだろう。
一方的に自分の言いたいことだけを吐き散らす。
まるで、母さんみたいだ……。
「俺は!」
それまで黙っていたギンが、突然大きな声を上げた。
「俺は、自分のことがずっと大嫌いだったんだ! いつもみんなに、ばか、でぶって言われて、からかわれてもただ笑って、言い返せなくって、姉ちゃんに助けてもらって……男なのに情けないって親父に言われて、でも変われなかった自分が、本当に大嫌いなんだ!」
ギンは泣いていた。
大粒の涙をぼろぼろ落としながら、それでも叫び続けた。
「中学でクラスのやつらにいじめられて、学校行けなくなって……。頭も悪いし、いじめられるし、親父だって俺のこと情けないって思ってる! だからもう、受験なんかする前に死のうって、そう思ったんだよ!」
はぁはぁと、息をつくギン。
俺と高塔はなにも言えないまま、ギンのことを見ていた。
「だから……。清子ちゃん。清子ちゃんはなんにも悪くないんだよ。俺が勝手に、もう生きるのなんて嫌だって思っただけなんだよ。だから、自分のことを責めないでよ……」
「……私……」
「清子ちゃんは、いい子なんだから……」
ギンも、さっきにも増して大きな声で泣きだした。
ギンの声が、オレンジ色に染まった空気を震わせている。
「俺は……」
ギンが喋れない以上、俺が、高塔を説得するしかないんだ。
「俺は……自分が嫌いだ。俺の父さんと母さんは、俺が小さい頃に離婚した。俺は父さんと暮らしてたけど、事故で死んじまった。俺は、母さんと住みたいってみんなに言ったんだ。けど、母さんはその時もう再婚してて、子どももいたんだ。それでも俺は、母さんと暮らせないんだったらどこにも行きたくないって……わがままを言ったんだ。結局母さんは俺を引き取ってくれた。再婚相手の人も、俺を笑顔で受け入れてくれたよ。けど、俺は、その人のことを父親だと思いたくなかった。俺の父さんは、父さんだけなんだ。結局、俺は新しい父親のことも、母さんのことも、もう好きにはなれなくなってた。妹は、なにも知らない。俺が別の父親の子なんだって、あいつは知らないんだ。なにも悪くないはずなのに、あいつが、なに不自由なく、悩むこともなく生きているのを見ていると、どうしようもなく羨ましくなって……嫉妬してしまう。なにも悪いことをしていない妹を妬むなんて、自分でも最低だと思う。部活だって、先輩と揉めて、すぐに辞めたよ。そっからは自分の好きなことしかしなくなった。母さんたちは良い学校に行けるように頑張れって言うのに、俺は受験のためになにもしなかった。自分が好きじゃない人が稼いだ金で生きているのに、俺はしなきゃいけないことをなんにもしなかった。こんな出来損ないが、やらなきゃいけないこともこなせないくずが、生きていけるはずなんてないって……生きてていいはずがないって、はっきりわかったんだ。だから死ぬ。それだけだよ。高塔の責任なんて、全然ないだろ?」
二人とも、俺の話を聞きながら、少し冷静さを取り戻してきたようだった。
「私……私……」
「清子ちゃん……俺たち、自分で決めたんだよ。わかってもらえない?」
「もう、自分を責めないでくれよ高塔」
「ありがとう、二人とも……本当に……」
高塔はそう言うと、泣き崩れてしまう。
太陽はもう、山のてっぺんに足を乗せていた。
あと数分もすれば、完全に向こう側に落っこちてしまうだろう。
……高塔が落ち着いたら、いこう。

「じゃ、いくぞ?」
「うん」
俺たちは杭の間に張り巡らされたロープの向こう側に立っている。
一歩先には足場はなく、下には湿った地面があるだけで、途中にさえぎるものはなにもない。
多分ビルの十階以上の高さはある。
ここから落ちれば、命は助からないだろうと思う。
「なんかやっぱ、こうして立ってみるとこわいな……」
ギンが一拍遅れて返事をする。
たしかに、こうして崖の淵に立ってみると、下から吹き上げてくる風が思いのほか強いし、本能的な怖さを感じる。
けれど、決意が緩む前にいってしまうべきだと思う。
「……」
「……」
「……」
あれ?
「おい、いくぞ?」
「うん」
「お、おう」
「いや、いくぞって」
「いいよ」
「……あれ? もしかして、由紀彦、お前が合図出すんじゃないの?」
「え? なに言ってんだよ、ここは高塔じゃねーか?」
「……私、そんなつもりなかったよ。二人がするのかと思ってた」
「……ははは。じゃあ俺たち全員、誰かがやると思ってたのか」
「へへへへへ。そうっぽいな」
俺とギンは顔を合わせて笑った。
「……ふふふ」
「え?」
「清子ちゃん、今……笑った?」
「……たぶん。そうかもしれない。……私、あなたたちと一緒にいて、楽しかったんだと思う。ありがとう」
「……あははははは」
「へへへへへ」
三人して、笑いあった。
最後だっていうのに、なんだか、緊張が失せちまったな。
「……太陽、見えなくなっちゃうね」
言われて見てみると、太陽はもうほとんど隠れてしまっている。
向こう側の山肌が陰に入り、川も薄暗くなってしまって、不気味だった。
「もう時間ないな。じゃあ、せーのでいくか。オッケーだな?」
「うん」
「……おっけー」
「じゃあいくぞ。せーのっ」

すいすいすいさいど!/teen’s おしまい