6/誰にも見つけられない星になれたら

「……はぁ」
今日だけでこいつのため息を何度聞いただろう。
「そんなに落ち込むんなら、少しは勉強しとけばいいのにな」
いつもならホームルームが終わると同時にギンは俺のところへやってくる。
しかし今日は俺が下校の準備を終えても、こいつはまだ自分の席に座っていた。
俺が近づいて声を掛けるとやっと鞄に筆記用具を詰め始め、授業で返された答案用紙を握り、深いため息をつくというありさまだった。
「いやぁ、そんなこと言ったってさ……勉強めんどくさいじゃん」
「面倒だから勉強しなくて、テストの点数が低かった。当たり前じゃん」
「う……む……ぐ……!」
ギンは答案用紙を持つ手をぶるぶると振るわせながらうめき声を出す。
「……確かに、そうだ……」
そして俺の言葉が揺るがしがたい事実だと知り、打ちひしがれた。
テストで低い点数を取るのが嫌だったら、事前にしっかり勉強をしておけばいい。
当たり前の話だし、これ以外の方法なんてありはしない。
……まぁ、俺もあまり良い点数だったとは言えないのだけど。
「ここで座ってても答案用紙の点数が変わるわけじゃねーんだし、とっとと帰ろうぜ」
ギンの肩をポンと叩く。
「……この13点を、なんとかして78に見せかけることはできないのか」
言いながら、ギンはペンケースから赤いボールペンを取り出す。
「おまえさぁ……。点数だけ変えたとしても、バツのところ全部丸にしなきゃ意味ねーだろ」
「いけるいける」
「あと、解答も合ってるように書き換えなきゃいけねーぞ」
「うーん……まぁ、なんとかするしかないよな」
その偽装の労力を惜しまないんだったら、最初から勉強しとけっつうの。
「エロ豚ーっ!!」
「っ……!」
どこかからそんな声が響いてくるのと、ギンは不自然なくらいに身体をビクつかせたのは、ほとんど同時だった。
すでにほとんどの生徒が教室からいなくなっており、だいぶ静かだとは思う。
しかしそれにしても、やけにはっきりと聞こえてくる声だった。
普通の喋り声にしては大きすぎるし、会話の一部というよりは誰かに呼びかけるような言い方に思えた。
俺は声の主を探して、教室を見まわした。
後ろ側の扉の向こうから、こちらを見てにやついているやつらがいた。
……あいつら確か、一年の時にギンと同じクラスだったやつらだよな。
ギンの方を見ると、俺と同じく、さっきの罵声の主たちを発見したようだった。
どこか悲しそうな目だ。
じゃあ、多分間違いないんだろう。
ギンから直接聞いたわけではないが。
小さく舌打ちをして、俺は教室の後ろの方へ足を向けた。
「……ん?」
しかし、服を引っ張られて、俺はそれ以上進めなかった。
見ると、ギンがうつむいたまま俺の袖を掴んでいた。
俺があちらへ行こうとしているのに気付くと、連中の表情は少し固まったように見えた。
体がデカいわけでもないし、強そうにも見えない。
その上、こっちがこういう反応をしたらすぐにビビる。
俺はギンの目を見たが、ギンは視線を床に落としたままこちらに向けなかった。
こんなやつらに遠慮する必要なんて、まったくない。
そう思ったが、言葉にしてしまうとギンの大事ななにかを傷つけてしまう気がして、なにも言えなかった。
「……いいんだよ。ごめん」
ギンはそれだけ言うと俺の袖を放して、ペンケースと答案用紙を鞄に突っ込んで立ち上がった。
答案用紙は、さっきよりもさらにぐしゃぐしゃになっていた。
俺たちが廊下に出ると、さっきのやつらはどこかへ消えていた。

そんなことがあったからか、俺とギンは公園に向かう道すがら、ほとんど言葉を交わさなかった。
ギンがなにを考えているのか、俺には全然わからなかった。
縄の括り付けられた木の下にたどり着くと、ギンは座り込んでうなだれた。
俺はギンがなにか言葉を発するのを少し待ったが、そのままじっとしていて動かなかった。
俺の方からなにか言おうと思ったが、一度沈黙が訪れたあとだからか、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。
黙っている間に言葉を探していたと思われるかもしれないという気恥ずかしさもある。
ただ突っ立っているのも手持ちぶさたなので、俺は教科書を開いて、そこに目を落とした。
……さっきのことは、俺が触れていいことなのかどうかわからない。
ギンは二年で俺と同じクラスになってから、さっきのやつらの話をしたことは一度もない。
俺は他の知り合いから、噂程度にはあいつらとギンの話を聞いたことがある。
もちろんあくまで噂なので、どこまでが本当かわからないし、完全なデマだってこともありえる。
俺はそんな話を聞いたということを、ギンには言っていない。
自分についての良くない噂なんて、誰だって聞きたくはないだろう。
つまり俺は、ギンとさっきのやつらの関係について、自分がどれだけ知っているのかわからない。
だから、このことを考えても、いつも同じところをぐるぐるめぐってしまう。
これから先、いつか俺が答えのようなものを見つけるかもしれないし、ギンのほうからなにか語り始めるかもしれない。
すぐにどうにかしないといけない問題ではないから、こんな中途半端な形で放置することになってしまうのかもしれない。
あいつらのげすっぽい笑い方や、ギンの怯えた様子は、噂にある程度の信憑性を与えたのは確かだ。
けれど、俺にできることがあるとも思えないのだからしょうがないんだ。

結局教科書の内容は全然頭に入ってこなかった。
だから、高塔がやってきたことにはすぐに気がついた。
「おう、高塔」
ギンに知らせる意味も込めて、高塔に声をかける。
「……」
ギンはゆっくりと顔を上げると、うつろな目で高塔の姿を探した。
高塔はそのまままっすぐに近づいてきて、俺たちから三歩分ほど離れた場所で歩みを止めた。
「こんにちは」
「おすおす、清子ちゃん」
ギンは座ったまま、ゆらゆらと手を振ってこたえた。
高塔も、ギンの動きを真似るように手を振る。
「……あれ? 清子ちゃん、靴濡れてない?」
「ん?」
高塔の足元に目を向けてみると、白の靴下が少し濡れているように見えた。
「うん。濡れてる」
そう答える高塔の顔からは、相変わらず感情を読み取れない。
「どうしたの?」
「わからない」
「は? わかんないって、おまえ……」
状況がまったくわからない。
どうして靴が濡れたのかも、なぜ濡れた靴でここに来たのかも、濡れた理由がわからないということも。
最小限の言葉しか返さないから、話をするのが少し面倒だな……。
「わかんないってどういうこと?」
ギンが単刀直入に突っ込んだ。
「いつ濡れたのかわからない」
「……下駄箱から出したら、濡れてたっていうこと?」
「そう」
「それって、おまえ……」
いじめじゃないのか。
そう言いそうになったが、ギンの前でその言葉を使うことにためらいを覚えた。
……けれど、下駄箱に入れていた靴が水浸しになるなんて、自然に起こることではない。
それまで高塔の方を見ていたギンだが、視線を落として難しそうな顔になった。
こいつも、どんな言葉をかけたらいいのか、迷っているように見える。
「なんでその靴のまま来たんだよ」
話の方向を逸らすために、別の質問を投げかけた。
「学校が終わったらここに来るって約束だから」
「……そういう事情だったら、連絡くれれば待ったよ」
濡れた靴で歩く時の気持ち悪さって、そんなに気にならないものか?
こいつの物事の優先順位がどうなっているのか、わからないな。
「……清子ちゃんさ。それ、ちゃんと先生には相談した?」
「してない」
「ちゃんと、話した方がいいよ。誰かがやったに決まってるんだし、犯人を見つけないと」
「先生にはいつも報告してるよ」
……いつも?
「……清子ちゃん、こういうことあったの、これが初めてじゃないの?」
「物がなくなることはある」
「誰がやったかわからないの? 先生はちゃんと探してくれてるの?」
「わからない。先生はホームルームの時に少し話をしてくれたけど、誰も知らなかったみたい」
「話をしたって……なんて言ってたの?」
「『高塔の教科書がごみ箱から見つかったけど、なにか知っているものはいるか』って」
「先生がしてくれたのは、それだけなの?」
「うん」
高塔の答えを聞いたギンは、歯噛みをしながら、少しの間なにも言わなかった。
……いじめの問題に積極的に取り組みたがらない教師が多いのは、私立でも一緒か。
「やった人に心当たりは?」
「ない」
「クラスに、仲の悪い人とかいないの?」
「他の人たちと話すことがほとんどないから、わからない」
こいつは、どんな学校生活を送ってるんだ……?
「それでも、その……なんか、つっかかってくる人とか、からかってくる人とか、いないの?」
「……つっかかるとか、からかうっていうのがどういうことを言うのかわからない」
たしかに、ふつうのコミュニケーションとの線引きが難しい問題でもある。
ふざけていたつもりが、いつの間にかいじめになってたなんてこともザラにある。
やられる側の認識の仕方にもよるし、傍から見てどうこう言ってもしょうがないこともあると思う。
……どういうことかわからないってはっきり言うのも、なんかおかしいと思うのだが。
「なんかこう、やたらと話しかけてきて、こっちがなんか言うだけで笑ったりとか。無理やり遊びに混ぜて、嫌な役を押しつけてきたりとか。……遠くからなにか言ってきて、こっちが反応するだけで笑うとか……」
「話しかけてきて、ずっと笑ったりしてる人たちはいる」
「あー……話が全然進まねぇな。おまえのこと嫌ってそうなやつはいないのか?」
「……嫌ってそうっていうのは、どうしてわかるの?」
「態度でちょっとはわかるだろ、ふつう」
「ふつうって、どういうこと?」
「ふつうはふつうだろ」
「あなたの言うふつうがどんなことなのか、わたしにはわからない」
「……ちっ」
めんどくせーな。
ふつうっつったら、ふつうしかないだろ。
だいたいわかる。
高塔のことを笑っているやつらっていうのは、こいつのことを自分よりも下に見ているのだ。
さっきのやつらが、ギンに対して友好的な態度とはとても思えない。
明らかな悪意を持っている人間くらい、ふつうは見分けられるだろ。
俺がおかしいのか? 
……高塔に対して、苛立ちを覚え始めていることに気がついた。
「あの……清子ちゃんは、その子たちに笑われたりして、嫌じゃないの?」
取り繕うように、ギンが高塔に言った。
「別に。私がする必要のないことを頼んできた時は断るだけだよ」
「……なにか頼まれることがあるの?」
「『日直を代ってほしい』とか『飲みものを買ってきてほしい』とか」
やっぱり、明らかじゃねーか。
からかっても歯向かってこない大人しそうなやつを道具にして、優越感に浸る。
暴力はないかもしれないが、立派ないじめだ。
「その子たちは、ずっとそういうことを続けてるの?」
高塔の答えを聞いて、ギンの目つきが変わった。
さっきまでどんよりと曇ったような顔色をしていたのに、今は少し興奮気味に見える。
「二年の頃から今まで、ずっとそう」
「……物がなくなったり、今日靴を濡らしたのも、その子たちなんじゃないの」
「それはわからない」
「でも、その子たちが日ごろ清子ちゃんにちょっかい出してるってこと、先生に言ってみなよ。そしたら、ちゃんと動いてくれるかもしれないよ」
「その子たちが、悪いことをしてなかったらどうするの?」
「どうするって……その時は、また本当の犯人が見つかるようにするんじゃん」
「証拠がないのに、人のことを疑うのはだめなんだよ」
「証拠って……そんなこと言ってたら、また同じようなことが起きるだけだよ!」
「起こらないようにしてるよ。いつもは、靴も服も笛も教科書もノートも、必要なものは全部持ち歩いてる。今日は、靴を置いてきたからこうなった」
……そう言われると、こいつはいつも荷物が多かったような気もする。
私立の学校はそういうもんなのかと思っていたけど、こいつが特別だったのか。
「……清子ちゃんは、それでいいの?」
「これ以外になにができるの?」
「……もっと、抵抗するとか、先生に相談するとか、やれることはあるじゃん!」
「嫌なことには嫌だって言ってる。先生には物がなくなった時に報告してる」
こいつの言っていることは、正論だと思う。
俺も、表面上起こっていることを教師に言っても、なにも変わらない気がする。
遊んでいるつもりだったとか、嫌がっているとは思わなかったとか、連中はいくらでも口実を作ることができる。
だいたい、言葉でちょっかいを出しているだけのやつらに対して、教師は注意することくらいしかできないだろう。
そういう連中は、教師に告げ口したことに腹を立てて、表面化しない陰湿なやり口に変えてくるだけってこともありえる。
俺の考えたことと、高塔の考えたことが同じなのかどうかはわからない。
けれど俺が同じ状況でも、教師に頼るということはしないだろう。
「……親には言ったの?」
「言ってない」
「言わなきゃだめだよ! 親が先生に言ってくれれば、ちゃんと考えてくれるようになるかも……」
「言えない。お母さんに、これ以上迷惑をかけられない」
「迷惑って……自分の子どもが嫌な目にあってて、平気な親なんているわけないじゃん! 相談すれば、一緒に考えてくれるよ!」
……いるわけない、とは思わないけどな。
親って言ったって、いろんな種類がいるんだ。
「こんなことを考えさせたくない。私が学校でうまくやれていないって知ったら、お母さんに恥ずかしい想いをさせることになる」
「恥ずかしいって……」
ギンは言葉を継ごうとしたが、結局なにも見つけられなかったようで、口をつぐんだ。
ギンの状況を考えれば、あいつはこれ以上高塔になにも言うことができないだろう。
「……けど、黙っててどうにかなることじゃないよ、清子ちゃん……」
言葉が、どんどん尻すぼみになっていくのがわかった。
三日前、高塔と初めて言葉を交わしたときのこと頭をよぎる。
「どうにかしようと思ってない」
ギンはそれ以上、なにも言わなかった。
同じ学校だったら、なにかやりようがあったかもしれないけどな。
遠く離れた私立のお嬢様学校が相手じゃ、俺たちにできることなんてなにもありゃしない。
高塔の言うことはどれも、正論だった。
暴力を振るわれているわけでもないし、罵りの言葉をぶつけられているわけでもないだろう。
高塔の相手は、いじめと判断するにはグレーの部分から出ないように楽しんでいるに違いない。
クラスメイトや教師も、高塔の味方とは言えない状況らしい。
一度自分のことを下に見るようになった人間の考え方を変えさせるのは、難しいことだと思う。
そいつらに対して、真っ向から反抗したって、火に油を注ぐことになるだけかもしれない。
ゲーム感覚でやっているに違いないのだから、障害を得てさらに燃えるというやつだってたくさんいるはずだ。
……けれど、どうしてもっと自分の感情を強く出さないのだろう。
教師にもっと強く訴えていれば、少しは違った展開になったかもしれない。
高塔の感情の抑揚のない話し方や、事実だけを言葉少なに伝えるやり方は、あまりうまくいかないように思える。
そもそも、高塔の感情が強くないことが、このことを解決させずにいるのだろうか。
……わからない。
「今日はもう、解散しよう」
しばしの沈黙の後、ギンが言った。
その顔は、高塔と合流する前よりも具合が悪そうに見える。
いつもよりも早くはあるが、そろそろ日も暮れる時間だし、妥当な判断かもしれない。
「清子ちゃん……ごめんね。いろいろ突っ込んだことを聞いちゃって」
「別にかまわない」
「……もし俺たちになにかできることがあるんなら、なんでも言って」
「わかった。さようなら」
高塔は踵を返して、立ち去っていった。
結局、こんな話をしていても、高塔は表情を変えることがなかった。
多すぎる荷物を両手に持ち、濡れた靴で家まで歩いていくのだろう。
俺たちは高塔と二度遊び、一度話し合った。
あいつと会うのはあと四回。
……変えることなんてできるのだろうか。

「でね、この前テレビでやってたんだけどね、ベッカムの髪型真似するのが流行ってるんだってさ」
母さんは箸も進めずに、よく喋る。
食事中にテレビを見るのはだめと言いながら、話すのは禁止しないのだから、良し悪しの基準がよくわからない。
「そんなすごいんだ」
健二さんが回鍋肉のピーマンを箸でつまみながら相槌を打つ。
「そうそう。でね、鈴木さんとこのご主人が床屋さんだから、もうあの髪型にカットするの飽きちゃったって、お家で嘆いてるってよ」
「頭の形とか髪質によって、似合う髪型って違うはずなんだけどね。流行ってると、みんな乗せられちゃうもんなのかな」
「それはそうよぉ。茶髪だって、一気に流行ったじゃない」
「そうだね」
「咲はコギャルになんかなったらだめだからね?」
「ならないよ。わたし、別に黒のままでいいもん」
別に、髪の毛を染めてない不良もたくさんいると思うけどな。
「ねぇ、由紀彦も髪の毛短くしたら?」
急に話を振られた。
めんどくせぇ……。
「今のまんまでいいよ」
「絶対に短い方がいいってー! せっかく良い形のおでこなんだからさ」
言いながら、母さんが俺の頭に手を伸ばしてくる。
「切んないっつってんの! 飯食ってる時にばたばた動くなよ」
「なによ由紀彦、急に大人ぶったこと言っちゃって」
飯食ってるに落ち着きがなかったら、子どもでも注意されるだろ。
大人とか子どもとかっていう話じゃない。
「もっと髪型とか気にしないと、モテないわよ」
「……」
ムカつくので無視して、豚肉と玉ねぎを口の中に放り込んだ。
なにが悲しくて、母親にモテるとかモテないとかって問題に首を突っ込まれないといけないんだ。
「由紀彦君はいい男になると思うけどな」
健二さんがにこやかな顔でフォローをいれる。
「なに言ってんのよ健ちゃん。もとが良くたって、磨かないとただの石ころと同じなんだから」
「圭ちゃんの見る目は厳しすぎるよ。ちゃんと中身を見てくれる人はいっぱいいるんだからさ」
「お父さん、それって、見る目の厳しいお母さんと結婚できた自分はいい男だってこと?」
咲子がにやにやしながら指摘する。
「親のことをからかうんじゃないよ、咲」
「そうよ。それにお父さんと結婚したのはね……」
「圭ちゃん! 咲にそういう話をするのは、まだ早いって」
健二さんは、様子をうかがうように、ちらりと俺の方を見やった。
……親の恋愛話を聞きたくないと思うのは、俺だけだろうか。
母さんにデリカシーが欠けているのか、俺が過敏に反応してしまっているだけなのか……わからないな。
「ごちそーさま」
空いた食器を流し台に置いて、自分の部屋に戻った。
夕食は四人でとる、というのが我が家の数少ないルールの一つだ。
けれど食卓でのコミュニケーションについては、決まりはなにもない。
俺は家族と話したいことはないので、ただ黙って、飯を早く食べ終えることだけを考えている。
だいたいの場合、母さんか咲子がなにか話し始める。
健二さんが相槌を打ったり、当たり障りのない返事をする。
話が終わると、また誰かが話し始める。
その繰り返しだ。
三人はとても平和だ。
ただ、俺はここがあまり居心地が良くないというだけのことだ。