4/Everything’s gonna be alright

「うわ……それマジで危なかったな。超こわいじゃん」
すでに学校は終わり、俺たちは高塔に会うために公園へと向かっている。
「だろ。家族にチンコ立ってるところ見られるとか、この世で一番屈辱的だよな」
「けど、咲子ちゃんくらいだとまだ知らないんじゃない? オナニーとか」
確かに、咲子の年齢の時に自分がオナニーのことを知っていたかどうかと言われると微妙なところだな。
授業でマスターベーションとかって言葉を聞かされたのも、ここ最近だったかもしれない。
「だとしても、チンコ見られるのがすでに死んでも嫌だわ」
「……いやぁ、それにしても咲子ちゃんかわいいよな」
ギンがさきほどまでとは違い、少し甘ったるいような声色になる。
……かわいいの意味が、子ども愛でる視線とは少し違ったもののように感じる。
「出たよロリコン」
「いやぁ、咲子ちゃんは将来絶対美人になるよ」
やっぱりそうくるか。
なんでお前に女の成長を見極められるんだと思うが、ここはいじっとくことにしよう。
「けどハタチ過ぎたら……?」
「それはもう熟女じゃん」
真面目な顔で即答するギン。
その答えに微塵も迷いを持っていないらしい。
「おまえから見た世界はどんだけ熟女ばっかりなんだよ」
「いやぁ、咲子ちゃんが今の俺らの歳になる頃が楽しみだな」
俺の言葉は右から左へ抜けていってしまったようだ。
こいつの、自分に都合の悪い言葉が耳に入らないとこ、なんかむかつくな。
「その頃には彼氏とか出来てるだろうけどな」
「おい由紀彦、ちゃんと咲子ちゃんに男が寄り付かないように見張っててくれよ!」
「俺になんの権限があるんだよ」
「そこは兄貴としてお前、咲子ちゃんの純潔をさぁ……」
「咲子が誰と付き合おうが、ナニしてようが、関係ないだろ」
実際、あんまり関心がない。
あいつの交友関係なんて気にかけたこともないし、これから興味は持たないと思う。
「あるよ! 俺が咲子ちゃんをもらいに行くまでだな……」
「あいつにも選ぶ権利はあるだろ! ていうかおまえ、高塔のことはどうするんだよ。二股か?」
「ぐ……それは言いっこなしだぜ、義兄さん」
「誰が義兄さんだよ!」
こいつは咲子に近付かせないようにしよう……そう固く誓った。
「なぁなぁ。由紀彦は、咲子ちゃんからなんて呼ばれてるんだ?」
「は? なんだよそれ」
「いいから! 大事なことなんだから教えてくれ!」
どう考えても、その情報に有効な使い道があるように思えない。
「ふつうに、お兄ちゃんじゃねーの?」
「……いくら出せば、咲子ちゃんからお兄ちゃんって呼んでもらえるかな」
予想どおり、まったく大事なことじゃなかった。
「そーだなぁ……まぁ、一回につき一万はもらわないと、あいつもオッケーしないだろうな」
「高いな、おい! くぅー、しっかりしてるぜ咲にゃん」
……俺が呼ばれたんじゃないから別に修正させないけど、本人が聞いたらめちゃくちゃ気持ち悪がられるだろうな。
「けど年間パスは十万で買えるぞ」
「まじかよ。それだと、一日あたりいくらくらいってことになるんだ……?」
両手の指を折ったり立てたりしている。
どう考えても効率が悪いと思うのだが、計算しようとするときの習性になっているようだ。
「一年間が五百日だろ」
「うん」
こいつあほだ。
「てことは、十万割る五百だろ」
「えぇっと……うん」
「つまり、一日あたり二百円だな」
「まじかよ! それ、めちゃくちゃ得じゃんよ!」
俺が詐欺師だったら、こいつからいくら引き出せるんだろうか。
「そりゃあ、年間パスなんだから買ってくれた人が得するようにできてるっつうの」
「いやぁ、やっぱり咲にゃんは良心的だなぁ。バイト始めたら金貯めて年間パス狙うぜ」
その前に死に物狂いで数学を勉強しないと、受験をクリアできないと思う。
けど、受験の話を持ち出したい気分ではなかったので、特に口には出さなかった。

話しているうちに、公園に着いてしまった。
ここにきて、果たして高塔がちゃんと来ているかどうか、少し気になった。
昨日のあいつは、ギンの言い出したことを嫌がっている感じではなかったが、喜んでいるようにも見えなかった。
というか、今のところ、高塔の顔からなにかしらの感情を読みとれたこともないわけだが……。
けど、俺たちのことを警戒していたとしたら家の場所を知られるようなことは避けるだろうし、ある程度は受け入れられていると考えてもいいのかもしれない。
……まぁ、もし約束の場所に来ていなかったなら、俺たちもしつこく追いかけるようなことはしなくていいだろう。
最悪なのは、高塔が俺たちより早く来ていて、あの縄で首を吊っているということだろうか。
あと数分で分かることだし、今は考えても仕方ないか。

高塔と出会った場所にやってきたが、そこには誰もいなかった。
「いないな、高塔」
「まぁ神羽は少し遠いんだし、俺たちが早かっただけでしょ」
少しも考えることなく、前向きな言葉を口にするギン。
……悪い可能性を考えることはないのだろうか。
「そうだといいんだけどな」
「だから、後ろ向きに考えすぎだって、由紀彦は」
「……俺が後ろ向きなんじゃなくって、お前が前向きすぎなんだと思うけどな」
「あ、そうだ! 俺、清子ちゃんにメールしておくね」
ギンはポケットから携帯を取り出して、ボタンをぽちぽちと打っている。
やたらにやにやしているのは、高塔にメールを送る口実を見つけて喜んでいるからだろう。
手持無沙汰になった俺は、木に結び付けられた縄に目をやった。
それは枝に何重にも巻き付けられていて、人の重さが加わってもほどけなさそうに見えた。
垂れ下がった部分に結び目が作られているが、それは複雑に絡まっていて、一目ではどうなっているのかよくわからなかった。
……考えてみれば、ただ輪を作っただけだとあまり効率良く首が締まりそうにない。
死ぬことに最適化された結びかたというのがあるのかもしれなかった。
あらためて見てみると、縄は意外と細いものだった。
俺の指のほうが太いんじゃないだろうか。
こんなに細くて、どこにでもありそうなもので、人の命は奪えてしまうものなのか。
こんな複雑な結びかたを知っているくらいなのだから、高塔もきっと、このくらいの縄で十分だということを知っているはずだろう。
高塔の決意の強さが表れているように見えた。
『生きているだけで人に迷惑をかけてしまっているんです』
『早く死なないといけないんです』
どうしてあいつは、そんなことを思ったのだろう。
わからない、俺には全然……。
……この輪の中に首を入れたら、どれくらいの力で食いこんでくるのだろう。
呼吸ができなくなってしまうほどのものなのだろうか。
それとも呼吸はあまり関係なく、血が回らなくなることが死因になるのだろうか。
わからないが、どちらにしてもこの縄は高塔の細い首にはあまり似合わなそうだった。
……そういえば高塔のやつ、どうやってあの枝に縄を結び付けたんだろうか。
「よーし、メール送った」
ギンは携帯をぱたんと閉じた。
「そういや、今日は結局なにすることにしたんだ?」
「いやもう、ゲームしかないだろそりゃあ!」
一点の曇りも感じられない表情で答えるギン。
「はぁ!? そんな、なんのひねりもないことすんのかよ!?」
「なに言ってんだよ由紀彦、ゲームが世界で一番面白いことなのは事実なんだからしょうがないだろ」
「いや、確かにゲームは面白いけどよ」
「へへへ。もう初日で解決しちゃうかもしれないよね。ゲームの楽しさに目覚めたら、清子ちゃんも死にたい気持ちなんてなくなっちゃうと思うんだよね」
「……で、なんのゲームをやるんだよ」
納得できたわけではないが、とりあえずこいつの考えを聞くことにした。
「なんと言っても俺が一番好きなゲーム、エールだよね」
「あー……面白いとか言ってたよな。俺はやったことないわ」
「由紀彦はギャルゲーやんないもんな」
「……はぁ!? お前、高塔にギャルゲーやらせようとしてんのか?」
「いや、あれはそういうのじゃなくってストーリーが最高なんだよ」
「そうだとしても、女とヤるゲームを女が楽しめるわけ……」
「だからあのゲームは恋愛とかエッチとかそんなん超えてめちゃくそすごいんだって! 何回言わせんだよ!」
どうやら俺が言ってはいけないことを言ってしまったらしく、ギンの顔がド迫力でせまってきた。
こいつは感情的になると、話し合いでなだめることができない。
状況がやっかいすぎる……。
「……ちょっと待て。前にもそのゲームの話ししてたよな。確かそのゲーム、長いんじゃなかったか?」
「総プレイ時間、百時間は越えるね。それがさぁ、また……」
「アホか! 却下だ、却下! だいたい、一週間で終わらねーじゃねーかよ」
「え? 一日六時間プレイするとして……」
ギンはまた、指を使って計算し始めた。
一日六時間プレイするという前提がすでにおかしいが……。
「あっ! ほんまや! ちくしょう……あのゲームをプレイすれば、清子ちゃんの人生観はガラッと変わるはずなんだけどな」
歯を食いしばり、苦々しい表情を浮かべるギン。
「ストーリーが面白いゲームってだいたい長いだろ。一週間でエンディングまでやらようってのがそもそも無理があるんじゃねーのか?」
ドラクエしかり、エフエフしかり。
「じゃあ、他のゲームにするかぁ」
「他にアイデアあんの?」
「うーん、そうだなぁ……」
考え込むギン。
すると、枯れ葉を踏みしめるわしゃわしゃという音が遠くから聞こえてきた。
振りむいてみると、その音の主は高塔だった。
「お、清子ちゃーん!」
高塔に気付いたギンが、大きく手を振った。
高塔は特に反応を返さず、規則正しいリズムで音を立てながら俺たちのそばまでやって来た。
「こんにちは」
頭を下げながら言う高塔。
「清子ちゃん、俺が送ったメール見てくれた?」
ギンは自分の顔を指差しながら、にやけた顔つきで言った。
「見てない」
言葉を継ぎ終わった高塔は、手に持っていた革製のボストンバッグを開け、中から携帯電話を取り出した。
かばんの中に入れていたから、メールが届いたことに気付かなかったということだろう。
「ま、まぁ、こうして無事に会えたからいいんだけど。うん……」
ギンがちょっとしょげたように言った。
こういうふうに、メールの一つで一喜一憂させられるのが嫌だから俺は携帯を持つ気になれないんだよな。
「清子ちゃん、今日は一緒にゲームをしようと思うんだ。清子ちゃんはやったことあるかな?」
ギンのテンションはすぐに戻った。
こいつは本当にころころ機嫌が良くなったり悪くなったりするな。
「ありません」
「やっぱりそうだよね。女の子ってあんまりゲームやらないもんね。けどね、それだともったいないと思うんだよ! ゲームこそ娯楽の王様なんだよ! だから俺たちが清子ちゃんに、ゲームの楽しさを教えてあげるよ!」
「はぁ……」
また、俺たちとか言いやがって……。
「わかりました」
……高塔のやつ、何も考えないで答えてるんじゃないか?
何を提案しても、表情一つ変えずにうなずきそうだな。
「じゃ、これから一緒に由紀彦の家に行くから」
「はぁ!? なんで俺んちなんだよ」
「いや、頼むよ由紀彦! 俺んちに女の子連れてったら、母ちゃんがまためんどくさく絡んでくるんだって……。それにテスト終わったばっかりなのに家に友だち呼んだりしたら、テストが返ってきた時にまた説教されるんだよ……」
「そんなんウチだって一緒だっつうの」
家に人を招く時は、できるだけ母さんと遭遇させたくない……。
なんか人を連れて来ると母さんが変なテンションになることが多いから、それが嫌なんだよな。
「お前のほうが成績良いんだから、怒られることなんてないだろ! 俺多分、今回のテスト本当にやばいんだよ。頼むよ由紀彦ぉ……」
顔の前で手をすり合わせるギン。
先に確認をしなかったことを腹立たしく思うが、こいつにそういうところがあるのは前々から知っていたことでもある。
家に来させるのはいろいろと面倒なので、できれば避けたい。
かと言って、ここで他の案を出そうとしてぐだぐだしてたら、高塔を退屈させるだろうし……。
横目で高塔のことを見やったが、特に俺たちのやりとりを眺めるでもなく、視線を宙に泳がせていた。
もしかして、呆れられてるんじゃないのか?
「……わかったよ。しゃあねぇな」
「さっすが由紀彦だぜ! おまえならわかってくれると思ってたよ」
「なんかおまえが喜んでると、それはそれでムカつくな」
……高塔を退屈させないようにと考えてしまったことは、かっこ悪く思えた。

「ただいま……」
母さんに気付かれたくないので、できるだけ小さな声で帰宅を告げた。
「おじゃましまぁーっす!」
「おじゃまします」
「……はぁ」
俺のささやかな計画は、ギンのどでかい声のせいで無駄になってしまった。
高塔の声が消え入りそうな音量なのは、俺の考えを察したわけではなく、こいつがいつもこういう感じだというだけのことだろう。
「いらっしゃーい」
リビングから母さんの声が響いてきた。
「どうぞゆっくりしてって……あら?」
顔をのぞかせた母さんは、高塔を見つけると動きが止まった。
……もう、嫌な予感しかしない。
「おじゃまします。高塔清子といいます」
高塔が深く頭を下げる。
「あらぁ、よろしくね。銀平君の彼女?」
……母さんのこのにやついた目、好きじゃないんだよな……。
「はははは、そう見えますか?」
ギンはなんとなく照れたような顔をした。
「違うよ、ただの友だち。これから三人で部屋で遊ぶの。行くぞ」
これ以上ここで母さんに絡まれていてもこっぱずかしいだけなので、二人を促した。
「やだもう、またかわいらしい子ねぇ。由紀彦が女の子を家に連れてくるなんてはじめてなのよ」
「いやぁ、わかりますかおばさん。清子ちゃんのかわいさが」
脱いだ靴を揃えている高塔のそばで、母さんとギンがやりとりを続けている。
「おい、ギン、行くぞって!」
「もう、由紀彦ってば。友だちにそんな言い方しちゃだめよ」
「そうだぞ由紀彦」
うわぁ、うっぜー……!
苛立ちのメーターはさらに高まったが、怒りの言葉をぐっと飲み込んだ。
とりあえずこの場にいても、俺の望まない状況が続くだけだ。
とっとと部屋に入ってしまうことにした。
「俺、もう部屋に行ってるからな」
「そんなブスッとしないの。あとで飲み物持って行くからね」
「ありがとうございます、おばさん!」
「そんなお構いなく。では失礼します」
二人も後ろからついてきた。
「はぁ……」
着いて早々、どっと疲れた気がする。
しかもここから先も、ギンのことだしどうせなにもプランなんてないんだろう。
昨日からめんどくさいことばっかり起こってるな……。

「どうぞ清子ちゃん。好きなようにくつろいじゃってね!」
「いや、おまえの部屋じゃねーから」
「おじゃまします」
かすかにではあるが、瞳を右に左にと動かす高塔。
じろじろ見られたら嫌な気持ちにもなっただろうけど、こいつの観察はすぐに終わったようで、すぐに目の動きは止まった。
俺は部屋の奥まで行って鞄を勉強机の上に置いて、そのまま椅子に座った。
ギンはいつもどおり、ベッドに腰掛けた。
高塔は部屋の中まで入ってきたが、立ったままだった。
「てきとうに座れよ。それ使っていいから」
「ありがとう」
軽く頭を下げられる。
俺の指さした先にクッションを見つけた高塔は、そのそばに腰を下ろした。
「……で。どうするよ」
ギンはゲームをすると言っていたが、結局まだなにもプランは立っていないだろう。
「うーん……スマブラでいいんじゃない?」
「え? 俺とおまえと高塔でやるのか?」
「うん」
「なんでスマブラなんだよ」
「だって、いつも俺らがやってんのスマブラじゃん」
「いや、そうだけどよ」
たしかに俺の家で遊ぶときは、スマブラをやりながら喋っている確率が高い。
ゲームキューブで新しいやつも出てるけど、俺は持っていないので64のほうだ。
「大丈夫だって由紀彦! 俺らが何年やってても全然飽きないんだから、清子ちゃんも気に入ってくれるって」
「けどおまえ、高塔に一から操作の仕方とか教えてたら時間かかっちまうだろ。こいつが気に入るかどうかもわかんねーし……」
「やる前からそんなに考えててもしょうがないじゃん。やってみてだめだったら、他のにすればいいんじゃない?」
……こいつ、考えるのが面倒になってるだけじゃないか?
高塔の前で言っても悪い印象を与えるだけな気がしたので、特には口に出さないことにした。
「まぁ、おまえがそう言うんならそれでいいか」
ギンがすることを決める日なのだし、あいつのやりたいようにやらせればいいか。
「おーし。じゃあ早速始めるか! スマブラだよ清子ちゃん!」
ギンが高塔の肩に手を置いて笑いかける。
……慣れ慣れしくないか、あいつ。
テレビ台の棚に置いてある64を出してきて、コントローラーを3つ差し込む。
思えば、3つめのコントローラーを使うのはかなり久しぶりだな。
「ん。これ持って」
高塔にコントローラーの1つを渡すと、右の端と左の端を掴んでまじまじと観察しはじめた。
……持ち方から教えないといけないのかと思うと、少し気が重くなる。
「じゃ、とりあえず練習モードで動かし方だけ教えるか」
「それでいいんじゃない?」
なんかこいつ、投げやりな態度だな……。
ゲームの用意が終わったので、画面が見やすい位置に座ってベッドに背をもたれた。
「じゃあ、ギン、高塔のこと任せたぞ」
喋りながら、キャラクター選択の画面まで進めていく。
「清子ちゃん、どいつ使いたい?」
ギンが画面を指さしながら言う。
「ここで私が選んだ人を動かすの?」
「うん、そう。俺が使ってるのはピカチュウなんだよね。こいつの強みはなんと言ってもすばしっこさと、射程距離の広い攻撃だよね」
「お前と同じになるじゃん」
ピカチュウは小さいわりに攻撃力もあり、射程範囲の広い攻撃があるからけっこうやっかいだ。
画面に2匹にいられるのは、けっこううざったい。
「うーん、それじゃあネスかなぁ。こいつはの強みはバット攻撃と、ピーケーサンダーからの……」
「いや、初心者がネスだと、復帰がめちゃくちゃ難しいだろ」
こいつはジャンプや技の操作がわりと面倒なのだ。
「なんなんだよもう! どうしろってんだよ!」
さきほどまでのにやついた表情とは打って変わり、目くじらをたてるギン。
「まずはキャラクターの動かし方から覚えていかないといけないんだから、まずは見た目が気に入ったやつとかでやらせてやるのがいいんじゃねーか?」
「むぅ……たしかにそうだな……」
「とりあえず最初だから、なんとなく気に入ったやつを選んでいいよ」
スティックをぐりぐり動かして、画面にアイコンをさまよわせている高塔に声をかける。
「……」
高塔は口元に手をやり、画面をじーっと眺めている。
いや、そんなに考え込まなくても、てきとうで構わないんだけど……。
「じゃあ、この人にする」
そう言って高塔は、アイコンをカービィのところへ持って行った。
決め手になる攻撃があまりないけれど、無難に使いやすいキャラだし、これでいいか。
「じゃあそこでAボタン押して。青いやつ」
言われたままにボタンを押す高塔。
画面の中のカービィがくるくる回ってポーズを決める。
「相手はマリオにしとくか。大きさも重さも普通くらいだし」
「お、そうだな。任せたぜ由紀彦よ」
こいつやっぱり、かなり俺任せになってないか……?

「……ていう感じだな。とりあえず操作の仕方はこれで全部」
「うん、わかった」
ゲームのルールと、キャラクターの動かし方は全て教えた。
練習モードでは相手も一定の動きしかしないし、あとは対戦モードで慣れさせるのがよさそうだな。
「お兄ちゃん、開けてー」
ドアの向こうから咲子の声が飛び込んできた。
「おっ、咲子ちゃん!」
ギンがベッドから飛び降り、ドアに向かった。
「ちょっと待てってギン!」
「えー、なんだよ。早く開けてあげないとかわいそうじゃん」
不満げな顔をするギン。
別に今じゃなくてもいい用だったら、後にしてもらいたい。
「なんか用か、咲子」
「お菓子持ってきたの。重たいから早くー」
「ほんと!? ありがとう咲子ちゃん」
俺が反応する前に、ギンが勝手にドアを開ける。
「失礼しまーす」
両手で盆を持った咲子が部屋に入ってくる。
「一回机の上に置くよ。ちょっと待っててね」
盆を勉強机に置いた咲子が、部屋から出て行き、またすぐに戻ってきた。
脚を折りたためる小さめのテーブルを持ってきて、俺と高塔の前に置いた。
その上に、盆を移動させた。
いつもは、ジュースも菓子も床の上に直接置いてるのに……。
「どうぞ」
一仕事を終えた咲子が、ギンと高塔に微笑みかける。
「ありがとうございます。いただきます」
「いえいえ。私、咲子って言います。よろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべた顔に、首を少し傾けて角度をつける咲子。
こいつ、こういうのを狙ってやってんのか、無意識にやってんのかわかんねーな。
「高塔清子です。よろしくお願いします」
座ったまま深く頭を下げる高塔。
別に、子ども相手なんだしわざわざそんなことする必要ないと思うけどな。
「お兄ちゃんと仲良くしてあげてくださいね」
「はい。こちらこそ」
全然仲良くしたそうには見えない表情の高塔。
「いいよ、そういうの!」
あげてってなんだよ。
だいたい、一週間しかかかわらないんだ……と思ったが、咲子に言う必要はないので呑みこんだ。
盆の上に視線を移すと、赤みがかった茶色い飲み物の入ったグラスが3つ。
麦茶っていう季節でもないしな……。
「これ、なにが入ってんの?」
「今日は紅茶だよ。これにミルクが入れてあるから、お好みで入れてくださいね」
よく見ると、グラスのわきに白い陶器の入れ物があった。
ティーカップの十分の一くらいのサイズのあれだ……名前がわからないが。
こんなん、ウチにあったのかよ。
というか、菓子もいつもと違う。
「おい……このショートケーキ、今朝は無かったよな?」
俺たちが学校に行く前には、こんなもの冷蔵庫には入っていなかったはずだ。
「うん。お母さんが今買ってきたんだよ」
「な……」
あぜんとしてしまった。
ウチにはいつも菓子の買い置きがあるし、ギンが来た時もわざわざ買いに出かけるなんてことはなかったと思う。
「……なんか、いつもより気合入ってない?」
「気付いてても、言わないでいてほしかったぞ……ギン」
鈍感なギンまでが察したようだ。
……母さん、本当に、恥ずかしいからこういうことはしないでくれ。
「ま、いいや! 咲子ちゃん、ありがとうね。いただきまーす!」
ギンは手に取ったでフォークでケーキの上に乗ったイチゴを突き刺し、一気に口に運んだ。
「うめー。やっぱりイチゴからいくに限るよね、ショートケーキは」
「別に食い方なんて人それぞれだろ」
「いやいやなに言ってんの由紀彦。正々堂々とイチゴにいくのが日本男児でしょ」
「日本男児はショートケーキ食わねーだろ」
「ふふふ」
「ん?」
咲子のやつが、こちらを見て笑っている。
「……まだ、なんかあるか?」
「ううん。お兄ちゃんと銀平くん、仲が良いなーって思って」
「なんだよそれ。そんなことわざわざ言うなよ」
仲が良いとか悪いとか、第三者から言われるとすげー気持ち悪い。
「だってお兄ちゃん最近、家だとピリピリしてるんだもん」
「ピリピリしてねーよ、普通だよ! いいからもう行けよ」
しっしっ、と手で追い払う。
4歳も下のくせに、なんか冷静に観察している感じがして嫌だなこいつ。
「はいはい、行きますよ。じゃあ銀平くん、清子さん、ゆっくりしていってくださいね」
咲子は部屋から出て行った。
「……へへ。くん付けも、悪くねぇじゃん?」
頬を赤らめ、頭をかきながら言うギン。
こいつだけは本当に、咲子に近付かせてはいけないみたいだな。
「ていうか咲子ちゃんも混ぜてあげればいいじゃん」
「だめだよあいつプリンしか使わないし」
「あぁ……プリンか。それなら仕方ないな……」
ギンを納得させることができたようだ。
まぁプリンだからな。
「じゃ、まぁ、ぼちぼちやるか」
「おう、そうしよそうしよ」
ギンが口をもぐもぐと動かしながら答えた。
よく見たら、盆の上からケーキが一つ消えている。
「おまえ、食い終わるの早すぎじゃね?」
「いやぁ、我慢できなかったよね」
まぁ、あとあと腹が減ってもすぐに食っちまったこいつが悪いんだし、俺があれこれ言うことでもないか。
ひとまず、喉が渇いた時のために飲み物の準備をすることにした。
紅茶に牛乳を落としてぐるぐるとかき回す。
うまいミルクティーって、牛乳をどれくらい入れれば作れるものなんだろう。
あんまり飲む機会がないから考えたこともなかった。
……まぁいいか。
対戦のルールは、設定した制限時間いっぱいゲームが続くものと、倒されたプレイヤーから退場していくものの二種類あるが、いつもどおち後者にした。
キャラクターは、ギンがピカチュウ、高塔がカービィ、コンピュータはマリオにした。
俺はスピードが速く、攻撃もそこそこ高いファルコンを選んだ。
「じゃあ高塔、とりあえずは慣れるまでは練習だと思って動かしてな」
「わかった」
なぜかコントローラーを胸の高さで持っている高塔。
腕が疲れないのだろうか……と思ったけど、まぁ本人が持ちやすい位置を探し出すだろう。
「じゃあ、始まるぞ」
ステージも変に動いたりしない宇宙船のステージにした。
画面が切り替わり、開始のカウントダウンが始まった。
開始早々、ギンがカービィに駆け寄って投げ技を仕掛けた。
「ん」
いきなりの攻撃に対処できなかった高塔が小さく声を出した。
「おいギン、カービィは高塔だぞ」
「オッケーオッケー! わかってる」
投げ飛ばされた高塔を追いかけて、さらに攻撃するギン。
「う。う」
「わかってんだったら高塔狙うなよ」
「いやぁ、そういうわけにはいかないよね」
「やめろっつうの!」
俺はマリオを相手にするのをやめて、一度ギンを止めに入ることにした。
「邪魔すんなよ由紀彦!」
ギンが反撃してくる。
「慣れてないやつのこと集中攻撃してどうすんだよ!」
「わかってないなぁ。こういうところで俺のすごさをわかってもらいたいんだよ!」
「は?」
「由紀彦は本当に女心ってのをわかってないなぁ。強い男には、すごーい! ってなるじゃん?」
「なんねーだろあほ! 高塔、ピカチュウに近付くな」
「ピカチュウってなに」
「黄色いやつ!」
「わかった」
とは言ったものの、あまり速い動きのできないカービィに対して、機敏で小回りの利くピカチュウが相手なので、逃げる一方では分が悪い。
「あー! 赤いやつも敵だから! 近くにきたら防御するか、逃げるかして!」
「わかった」
コンピューターもいるので、このままでは高塔がやられてしまうのも時間の問題だ。
あー、もうめんどくせぇ……!
「あ。んっ……」
「ぐひひひ……」
高塔の声もなんか微妙にエロく聞こえる。
そしてギンの含み笑いみたいなのが、凌辱親父にしか思えない。
気が散って集中できない!
「わたし、攻撃したらいけないの?」
目では画面を見ながら、顔を少しだけこちらに向けて高塔が聞いてきた。
「ん? なんだおまえ、もしかして今まで攻撃してなかったのか?」
「うん」
「いや、いいよ、攻撃していいよ!」
どうしてわざわざそんなことを確認するんだ。
「くおー、由紀彦、どうして俺の邪魔をするんだぁ……!」
ギンを画面のはじのほうまで追い込むことができた正念場なので、高塔のことを考えている余裕がなかった。
「わかった」
俺もギンもかなり体力を消耗しているので、すぐにどちらかが場外に弾きだされることになるはず。
「げっ!」
「え?」
ギンが何かに驚く声が聞こえたと思った直後、ファルコンとピカチュウがカービィに蹴り飛ばされた。
そのまま画面の外側までふっ飛び、死んでしまった。
カービィの動きが眼中になかった。
「おわー! なにすんだよ!」
「え?」
「俺も死んじまったぞ」
「攻撃していいよって言ったから……」
「……いや、そうか、もともとチーム戦じゃなかったか」
そう考えると、別に俺も高塔のこと守る必要なんてなかったか。
まぁ、そうだよな。
「いやぁ、清子ちゃんには一本取られたよね。初心者にしてはなかなかやるじゃん」
口をもぐもぐと動かしながらギンが言った。
……ん?
こいつ、さっきケーキは全部食べ終わってたよな。
「ギン、おまえ、今なに食ってんの?」
「イチゴ」
「どこにあったイチゴだよ」
「ここ」
俺のケーキを指さすギン。
イチゴがあったはずの場所には、クリームのくぼみ。
「それ俺のケーキじゃねーかよ!」
「いいじゃんちょっとくらい、ケチケチすんなって」
「ふざけんなよデブ! 人のもん勝手に食っといてなに言ってんだよ!」
「お、おい由紀彦! 清子ちゃんの前でそのこと言わないでくれよ!」
ギンが俺の口元を塞ごうとしてくる。
「言おうが言うまいがデブはデブだろ! どういう照れ方だよ!」

結局ギンは最後まで高塔のことを追いかけるのをやめなかった。
俺はコンピューターを相手にしつつ、ギンのスキを見つけて攻撃するというやり方が一番ストレスが少なくて済むということを発見して、少し楽になった。
高塔がなにを考えているのかは、最後までよくわからなかった。

「清子ちゃん、スマブラ楽しかった?」
「……」
ギンの質問に、高塔はすぐには答えなかった。
「あんだけ追っかけまわしといて、楽しかった? じゃねーだろ」
「ゲームは、楽しいものなの?」
ギンに、ではなく俺たち二人に問いかけているように聞こえた。
「え……そりゃあ、楽しいよ」
「まぁ……楽しいよ俺は」
「誰かを追い出すことが楽しいの?」
「えぇっと……。まぁ、それもあるかな。なんか気持ち良いよ」
「相手よりを上手く追い出せたら、そりゃあ楽しいよ」
「……そうなんだ」
納得がいったのか、高塔はそれ以上なにも言わなかった。
結局、こいつが楽しめたかどうかを聞いていないということには、あとになって気付いた。