このブログはフィクションである可能性がなきにしもあらず。
実在する人物と関係があるようでないかもしれません。

登場人物
むに ALICE IN DISSONANCEでシナリオを担当する。アメリカ育ち。
はれ ALICE IN DISSONANCEでイラストを担当する。好きなルーイは茶ルーイ。
炭谷 ALICE IN DISSONANCEに編集/コンサルタントとして加入したてほやほや。早漏。

「よーし、今日からALICE IN DISSONANCEでむにさんが書いたシナリオの誤字脱字チェックや日本語表現のアドバイスを行うという仕事が始まるぞーっ! ハイパーメディアクリエイターとして名を馳せて沢尻エリカ的な若くて父性に飢えている女の子を嫁にめとりたいと考えている僕にとっては、この仕事で世間に名前を認知してもらうことができるという意味でハイパーメディアクリエイティブなイメージを前面に打ち出していくチャンスだぞ! ここからステップアップしていって、最終的には電通やリクルートや和民のような日本を破壊する一流企業になんとかもぐりこんでみせるのが僕の夢だ!」
やたら説明的な独り言をつぶやいているこの男の名は、炭谷。
彼は張り切っていた。
今日の朝立ち具合ときたら、ふだんの50パーセント増しくらいの固さだったほどである。
ALICE IN DISSONANCE……略してAiD。
インディーズのノベルゲーム制作サークルだが、作品を英語に翻訳しリリースするなど精力的に活動している新進気鋭の団体である。
サークルのリーダーであり、自らシナリオやムービー制作を手掛けるむにに炭谷は媚を売りまくって、AiDに編集/コンサルタントという名目で加入することに成功したのである。
「ハイパーメディアクリエイタ―の必需品と言われている中折れハット、ストール、大きめの黒縁ダテメガネ、ジャケットも買ってきた……。3週間前から伸ばして整えたチョビヒゲ……うん、オッケー。昨日美容院に行ってツーブロックにしてもらったし、完ぺきだ。どこからどう見ても立派なハイパーメディアクリエイター! まず形から入ることが最も重要とされてる業界だもんな。よし、炭谷、頑張るのよ! あなたならきっとできるよ☆彡」

『ピンポーン』
「むにさんむにさん! おはようございます、炭谷です! 開けてください! 起きてますか!? 開けてくださーい!」
炭谷はドアを激しくノックしながら、インターホンに口をくっつけてまくしたてる。
「ちょ、ちょっと炭谷さん、近所の人に迷惑ですから、静かにしてください……」
むにがドアを開いた。
「お邪魔しまーすっ! それじゃあ今日からハイパーメディアクリエイターとしてお世話になります! よろしくお願いします!」
「ハイパー……? 日本語の編集でしたよね」
「あっ、しまった! 言葉のあややってやつです。ラブ! 涙色! 泣いても泣―いてーも止ーまーらーないっ!」
「なんですかそれ……」
「なに言ってるんですか、あややの代表曲じゃないですか!」

「おれ日本の歌とかほとんど知らないですよ」
「あっはっはっはっは! そういえばそうでしたね! まぁ細かいことはいいんです、今日からよろしくお願いしますよ!」
「別にわざわざ来なくってもいいのに……」
朝っぱらからあきらかにテンションが高すぎるこの男を、むには冷めた目で見ていた。
あまりの押しの強さに負けて、日本語の校正やアドバイスを依頼することにしたものの、本来であれば仕事の大部分はメールでのやり取りで済む話なのだ。
それなぜか、炭谷がむにのマンションに通ってくるということで、なかば強引に話を決められてしまったのだった。
意味がわからない。
そもそも炭谷の仕事は、むにが書いたシナリオを読んで日本語の表現を修正するというだけのこと。
作品一本あたりの作業時間は、はっきり言ってあまり長くはならない。
それをわざわざここにやって来る必要性などあるだろうか……むには何度も考えたが、無いという結論にしかたどり着かない。
自分は作業があるから、遊んだりおしゃべりしたりすることはできないと釘を打ったが、それでも通います通いますの一点張りであった。
むには先行きに不安を感じていたが、AiDに炭谷が加わってから最初の日が始まろうとしていた……。

「むにさんどうぞ! 日本人なら朝はお茶から始めるぜよ!」
むにのPCデスクに炭谷が湯呑を置いた。
「あぁ、ありがとうございます。熱いお茶好きなんですよ」
頭がおかしいしやかましいけど、気の利いたこともできるのか……。
これならまだ、ここに来てもらうメリットもあるかもしれない。
むには湯気の立つ湯呑を手に取り、口に運んだ。
熱いお茶を口に中に含んで、違和感を覚えた。
においも味も、普通のお茶ではない。
「ん……このお茶、なんかちょっとからいですね」
「ふっふっふ……気付いてくれちゃいました? 実はそれ、炭谷特製テキーラ茶です!」
下手くそかつ不細工なウインクをかます炭谷。
うわ、キッツ……という言葉をむには呑みこんだ。
「なんてもん入れてるんですか! 朝から酒飲んで、仕事になるわけないじゃないですか!」
「けど、ミュージシャンはみんなドラッグとかやりながら演奏するじゃないですか」
「アーティストとクリエイターはちょっと違うんだよ! ノベルゲームでサイケデリックなことやっても、誰も喜ばないだろうが! 昼間から飲むお酒は美味しいけど、仕事する時は飲まないようにしてるんですよ!」
「えぇー、せっかく入れたのにぃー」
「うるせぇ! これは炭谷さんが飲んでくださいよ」
「えっ……むにさん。ハイパーメディアクリエイター酔わせてどうするつもり?」
「は?」
「いやだなぁ、お酒のCMであったじゃないですか。女房酔わせてどうするつもり? あっはっはっはっは!」

「だから、日本のテレビのネタとか知らないって言ってるだろうが! いい加減にしろ!」
「ひぃーーーすんませんでした!」
炭谷は湯呑を回収して、部屋から退却した。
「テキーラ茶は逆効果だったか……むにさんに気に入られる作戦の第一段階は失敗だ」
炭谷がAiD加入にあたり、むに宅に通うことにした理由はただ一つ。
むににさらなる媚売りを展開し、気に入られ、あわよくばAiDの成功にしがみついていこうという算段である。
成功することにより名前が売れるかもしれないし、この先AiDの活動に興味を持った業界人とコネを作れるかもしれない。
むにとはれのおこぼれをもらいまくろうという寸法である。
そう、秋元康と、その配下たちのように!
優秀な人間に引っ付いていくことで、大した才能はないのに仕事を回してもらえる人間というのは、いつの時代にも、どこの大陸にもいるものなのだ!
俺はそれを目指す!
生態的にはコバンザメ!
そのためには、ここでむににとにかく気に入られることが重要なのである。
「くくく……やったるでぇ~!」

「むにさん! お昼ごはん買ってきますよ! 何食べたいですか!」
「あぁ、もうそんな時間ですか。じゃあマックで何か買ってきてください」
10分後。
「買ってきました! どうぞ召し上がってください」
「……もしかして、これ全部おれの昼飯ですか?」
「もちろんですよ! 遠慮なくいっちゃってください!」
テーブルの上にはポテトのLサイズ3つ、ビッグマック2つ、クォーターパウンダーチーズ2つ、コーラのLサイズが2つ。
「いや、さすがに一人でこれは食べきれないですよ……」
「なに言ってるんですかむにさん。僕知ってますよ。アメリカ人はみんなマック大好きで、日本のマックは量が少なすぎるぜベイビーって思ってるんでしょ?」
「アメリカに対するイメージがおかしすぎる……。おれはそんなに食わないですよ。今度からその辺の認識はあらためてください」
「ワッザファック!?」
「……え?」
「ワッザファックって言ったんです」
「いや、それはわかるんですけど……なんで急に?」
「むにさんのアメリカンなセンスに合わせようと思いまして!」
「いや、いいですよそんな無理してスラング使わなくっても。あと使いかたも変です」
「オーノー! ファーーック!」
「だからやめろっつってんだろ! そういうファックの使い方するの、調子に乗ってる日本の中学生くらいだよ!」
「きゃーーーーっすみませんでしたぁぁっぁぁ!」
炭谷はまた撤退を強いられた。
「くそ、気遣い作戦は二度も失敗してしまった……。仕方ない、次はクリエイティビティー面で使えるやつと思ってもらう作戦だ」
使えるやつと思われる新人クリエイター鉄の掟。
注文された仕事を完ぺきにこなし、そのうえでプラスアルファーの提案をしていくこと。

「ん、はれさんからスカイプのメッセージだ」
むにとはれは、作業中の細かい連絡はスカイプのチャットを利用している。
むには作業の画面を一度閉じて、スカイプのウインドウを開いた。
『炭谷さんから追加のスチルの指定がきたんですけど、これは本当に必要ですか?』
「……なんだそれは」
炭谷に、はれへの連絡を頼んだ覚えはない。
そもそもむにはスチルの追加をしようなどと思い立ってもいないのだ。
怪訝に思いながら、はれにチャットを返した。
『どんなスチルですか?』

「ちょっと、炭谷さん!」
「はい、なんでしょうか!」
「はれさんにスチルの追加依頼をしたって、本当ですか?」
「あっ、もうバレちゃいました?」
「なんでそんな勝手なことするんですか!?」
「へへへ……僭越ながら、スチルを一枚追加すればもっと良い作品になると思いまして」
「セルフィーネとリトナとルーンが三人で一緒にお風呂に入るスチルなんて、ストーリーに全然関係ないじゃないですか!」
セルフィーネとリトナとルーンとは、現在制作中のファンタジーノベルゲームの登場人物であり、三人とも女性。
「えー! 絶対必要ですよ! もちろんその部分のシナリオに関しては、僕が責任を持って書きますので!」
「……どんな話なんですか」
むには一度、彼の説明を聞くことにした。
自分が意固地になっているだけで、彼のアイデアがもしかしたら作品に本当に必要なものなのかもしれない。
「まず、三人が山道を歩いています」
「はい」
「温泉が湧いているのを見つけます」
「はい」
「三人が『温泉に入ろうよ~』みたいなことを言います」
「はい」
「で、三人が温泉に入ります。そして恒例の、おっぱいもみ合いっこをします」
「はい」
「それでそのシーンはおしまいで、三人は旅を続けます」
プラスアルファーの提案こそ良きクリエイターに求められるものだと信じて疑わない炭谷は、胸を張ってプレゼンテーションした。
「ふざけんなぁぁぁ! てめーの趣味じゃねーかよボケ!」
むにのボディブローがさく裂した。
「ゴフウッ」
「ストーリーにも関係ないじゃねーか! クビだー!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」
「待たない! 決定! クビ!」
「お願いします、クビだけは勘弁してください! お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……!」
むにはドキリとした。
つい感情的になってしまい、解雇を宣告してしまったが、炭谷にも生活があるといえばある。
「なんだ、お姉ちゃんが病気なのか?」
「お姉ちゃんが欲しいんです」
「だからなんだよ! 仕事と全然関係ねーじゃねーかよ!」
「町田のぶっかけ服射学園くりぃむでお姉ちゃんプレイをするのが夢なんです……初任給で行くのが夢なんです!!!!」
炭谷はむにの足に両腕を巻き付けながら懇願した。
「なんでその言い訳で同情を買えると思うんだよ! バカなのか!」
むには炭谷を振り払おうとするが、さらに両足も絡みつけられてしまった。
「ひいいいいいお願いしますっぅぅぅぅぅ」
「わかった! わかったから離れろって! クビにはしないから!」
「ほ、本当ですか……?」
「ただしこれ以上迷惑かけないでくださいよ。今日はもう帰っていいですから!」
そうして炭谷はむに宅を追い出された。
「なんてこった……あれをやってもだめ、これをやってもだめ……今日はとことんついてなかったな……」
炭谷は転がっていたコーラの空き缶を蹴飛ばして、夕焼け空を見上げた。
「けれど、最悪な印象のまま今日が終わってしまってもいいのか……? 終わり良ければすべて良しって昔の人も言ってた! 最後にむにさんを喜ばせるビッグサプライズをぶっかましてやろう!」
決意を胸に、炭谷は道を引き返した。

「ふぅ……やっと一日が終わった」
こんな調子で炭谷とやっていけるんだろうか……むには自問する。
どう考えても無理だ。
一度迎え入れたメンバーを、そう簡単に追放などできない。
しかし何度言っても炭谷は狂った行動をやめることがない……どうすれば……。
「まぁいいや、今日はもう寝よう」
やっと訪れた安息の時だ。
不安なことばかり考えていては、精神が持たない。
むにが布団をがばっとまくると、そこには一糸まとわぬ姿の炭谷がいた。
「てんめぇーこの野郎! なにやってんだよ!」
「はい! 寒い時期ですので、むにさんの布団をあっためておこうと思いまして!」
「なんで裸なんだよ!」
「わかりません!」
「意味もなく人の布団に裸で入ってくるバカがどこにいるんだよ!」
むには炭谷の腹部を踏みつけた。
「げひゅう!」
「クビだっつーの! お前みたいなもんはクビだっつーの!!!」
「それだけは勘弁をおおおおお! い、妹がっ、妹があぁぁぁっ」
「もういいよバカ! クビ! ク、ビ、だーーーーーーっ!!!」

おしまい