1/いつも最低最高最低

「今日で中間テストは終わりだけど、来月にはもう期末だからな。みんな、あんまり気を抜くなよ。じゃあ日直、帰りの礼を頼む」
「きりーつ。気を付け。礼」
日直のやる気のない号令が終わると、教室は一気に喧騒に包まれた。
三日間に及ぶ中間試験がさっきのテストで終わった解放感からか、今日はいつもよりもうるさいような気がする。
奇声を上げている連中もいるほどで、やかましいことこの上ない。
「うあぁーっ! 疲れたなー由紀彦!」
聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。
声はこの騒がしさをものともせずに耳に響いてきた。
「おう、ギン。さっきのテストどうだった?」
ちなみにさっきの教科は英語である。
「うるさい! そんな辛気臭い話題はごめんこうむらせていただく!」
「あっそう……辛気臭い結果になりそうなんだな。よくわかったわ」
まぁこいつはHeroineをヘロインと読み、Faceをファックと読むレベルの英語力だし、聞くまでもないことだったかもしれない。
「そんなことより、とっとと帰ろうよ!」
「そーだな。今日はこの後、どうする?」
「このまま遊びに行こうよ。いったん家に戻って母ちゃんに捕まっちゃうと面倒なんだよなぁ」
「じゃあそうするか。んで、どこ行く?」
「公園行こう、公園! 最近あんまり行ってないし、そろそろパトロールしといたほうがよくね?」
「おまえなぁ……テスト終わって、真っ先にすることがそれなのか?」
「そりゃそうだろ! 勉強しまくってたせいで、溜まってるんだよ。マジでガリ勉だったから」
「全然ガリガリじゃねーじゃん、おまえ」
「ガリっていうのは体型のことじゃないだろ! 字を書く音がガリガリ聞こえてくるくらいのパワーで勉強してる、みたいな感じでしょ。多分」
「へぇ。そんなに言うならガリ勉を名乗らせてやらないこともないかな」
「なんで上から目線なんだよ! ま、とにかく、マジで今は溜まってるからね、俺」
「おまえが全然オナってないとか、信じられねー話しだな」
「全然してないから! 一日二回しかしてねーもん」
「してんじゃねーかよ。二回もこいてたら何も溜まんねーだろ」
「何言ってんだよ由紀彦。俺、普段だったら四、五回やってるんだぞ?」
「聞いてねーよ、おまえの普段の抜き回数なんてよ!」
いらない情報にも程がある。
「四、五回。シコシコだけに」
「……は? なんだって?」
「いや、だからさ、シコシコだけに、四、五回。シゴカイ」
「……」
こいつは、こんな愚にもつかない下ネタを言って、俺にどんなリアクションを求めているんだろうか……。
「シコシコかい? っつって」
うわ。追撃してきやがった。さすがにこれはキツすぎるぞ。
「うるせぇ……なにこのデブ。死なないかな」
「口の悪い野郎だな! ていうか由紀彦、しれっとしてるけど、おまえだってそろそろ新しいオカズが欲しいだろ!」
……確かに、前にオカズを仕入れてからしばらく経っているのは事実だ。
ギンも同じような状態だから、ここのところ本やビデオの貸し合いをしてもマンネリな状態になりつつある。
まぁ、俺とギンはけっこう趣味が違うので、あいつのコレクションを借りても実用性に欠けるという問題もあるのだが。
実際、テスト前ということもあり、ここ二週間ほどパトロールはしていない。
いつものペースから考えると、そろそろオカズが置かれていてもおかしくはない。
「まぁ、公園の中を歩きまわるのはめんどくせーけど、しょうがないよな」
「だろ? よし、じゃあ今日はパトロールに決定だな」
「他にすることもないしな。公園行くかぁ」
「なぁ、途中でコンビニ寄るけどいいよな?」
「またかよお前……。まだ昼にもなってないんだぞ」
「いいじゃんいいじゃん。もう腹減っちゃってるんだもん。ジャンプ出てるし、読んで待っててよ」
「読むもんねーよ。ハンターハンター、また休載してんだもん」
「えー!? またかよ。なんで?」
「休載理由見てない。わざわざチェックするのめんどくせー」
「たしか、キルアがハンター試験合格したとこだよな?」
「そう。なんでめちゃくちゃ気になるところで休んじまうんだよな、ほんと」
「早く再開しないかなー」
「まぁ、面白いから、時間かかっても待つけどな」
「な。ハンターハンター終わっちゃったら、何を楽しみにして生きていけばいいんって思うもん」
「それな。今からもうハンターハンター終わるのが怖くてしょうがねぇよ……」
「いつまでも続いてくれればいいのにな」
けど……漫画なんて、長く続けても5年くらいで終わっちまうだろうな。
冨樫も鳥山明みたいに、全然漫画描かなくなりそうな気がする。

「ふー。やっと着いたな」
公園の入り口が見えるところまでやってくると、ギンがつぶやいた。
「歩いてくると、けっこう時間かかるな」
20分くらいかかっただろうか。
いつもは自転車で来るか、家から来るかなので、学校から歩いてくるということはあまりなかった。
この辺りは山を切り開いて住宅地にした場所なので、この公園も山の中にある。
ここにたどり着くまでには、どんな道を通っても坂を上がってこなければいけない。
緩やかに長く続く坂もあれば、傾斜の急な坂もある。
本当ならこんなところに来るのはめんどくさいので嫌なのだが、拾える確率が一番高いのがここなのだから仕方が無い。
「もう汗かいてきちゃったよおれ」
「はや過ぎだろおまえ。人間ヒーターかよ」
「ま、これからどんな宝と巡り合えるか考えてると、体温も自然と上がっちまうんだろうな」
「……いやだからよ。お前の性欲の事情とか、おれに聞かせんなっつうの」
「いいじゃんいいじゃん。もう一息だし、さっさと奥に行こうぜ」
公園の入り口を抜けると、ブランコや砂場や滑り台など、遊具が設置してある広場になっている。
広場では子どもたちが駆け回り、楽しそうな声が響き渡っている。
「子どもはいいよなぁ……」
公園ではしゃぎまわる子どもたちの姿を眺めながら、ギンがつぶやく。
「おまえなぁ……ロリコンなのは知ってたけど、そういう願望は口に出さない方がいいぞ」
「そうそうそう、俺から見たらタメの女子なんてもはや熟女……って、違う! 俺のストライクゾーンは下にも広いだけだから! 上もハタチくらいまでならイケるから!」 
「十分狭いじゃねーかよ」
「そうじゃなくってさ、受験とかテストとか関係ないじゃん、子どもって」
「あぁ……まぁ、そうかもな。けど、早いやつは小学校とか、幼稚園でも受験するだろ」
「そうだけどさ。なんか、俺らの受験の方がプレッシャーある気がするんだよな」
そう言われると、なんとなく分かる気はする。
俺たちがやらされる受験は、周りのやつらがほぼ全員、競争相手になる。それに、明確に順位が付けられてしまう感覚も、快いものではない。
『自分にはどれほどの価値があるのか』なんてことを気にする年齢に達していることも、受験のめんどくささに拍車をかけているかもしれない。
「まぁ、ここで遊んでるやつらも、何年かすれば俺らと同じ地獄を味わうわけだし。今は楽しく遊ばせてやろうや」
「いや、けどさぁ! 俺らが受験終わって、この子たちの世代になったら受験の制度が無くなったりしたらどうするよ」
「そうそう無くなんねーだろ。受験の商売で食ってる大人がたくさんいるんだからよ」
塾とか教材とか、受験で金を稼いでる仕事を挙げたらキリがないだろうな。
それを、はいお終いですなんていきなりやめるようなことはできないだろう。
「由紀彦……お前はヘンに大人みたいな考え方するとこがあるよな」
……なんかムカつく言い方だな。
「お前はヘンに受験に対して否定的な考え方を持ってるよな」
少しやり返してみた。
「だって、受験なんてやりたくないじゃんよ……」
ギンの表情が悲しみに満ちたものになる。
こいつは、受験から逃れたくて仕方がないんだな。
「まぁ、そりゃあやりたくないけどな」
これ以上ギンの弱点を突っつくのもどうかという気がしたので、何も言わないことにした。
そんな会話を交わす俺たちのそばで、子どもたちは無邪気に遊具を取り合っている。
そのそばで、子どもを見守ることよりも井戸端会議に勤しんでいるお母さん連中。
ベンチに腰掛けて、ぼーっとしているお年寄りの方々。
俺たちがこんなプレッシャーをかけられながら生活しているというのに、みんなのんきなもんだ。
そんなありきたりな苛立ちを覚えたが、ギンには何も言わなかった。
口に出してもどうしようもないことは、あまり言わないようにしている。
広場を通り抜けて、俺たちは公園のさらに奥へと向かう。
この公園は県立なだけあってか、かなり広い。
正面入り口の近くには、いま通ってきた広場があり、そこから先は森を切り開いたハイキングコースが何本か伸びている。
俺たちはそこを目指して歩いている。
もちろん、小太りの同級生とハイキングをしに行きたいわけではない。
ハイキングコースを外れた雑木林に捨てていかれたモノが無いか、パトロールに行くのだ。

「ふぅ、ふぅ……どーよ由紀彦、なんかあったー?」
少し離れたところを歩いている銀平が声をかけてきた。
森の中は木々の生えている間隔が狭い。だから落ちているお宝を見落とさないために、こうして少し距離を開けながら散策するのだ。
「いや、なんも無いな」
「ふぅ……そっかぁ……ふぅ……まぁ、今日は久しぶりだし……ふぅ、ふぅ……とりあえず全部……ふぅ、ふぅ……見てまわろうぜ……ふぅ、ふぅ……」
「お前なぁ……いくらなんでも、息切れし過ぎだろ」
「しょうがないじゃん……これ、もう、登山だよ!」
そのため、公園の敷地の中でもだいぶ勾配があって、公園の端から端まででかなり高低差がある。
こうしてパトロールをしていると、その傾斜を上ったり下ったりを繰り返すので、めんどくさい。
「やばいよー、こんなにカロリー消費したら、痩せちゃうよ……」
言いながら、コンビニで買ってきたポテトチップスをばりばりとむさぼるギン。
「いや、おまえさぁ。食べる量を減らさないと絶対に痩せないと思うぞ」
「まぁまぁ、いいじゃん由紀彦。ちょっとくらい夢見させてくれよ。な?」
「夢ってお前……そんなん、食うの我慢すりゃすぐに実現できるだろ」
「しょうがねぇじゃん! だって、こんなにうまいんだよ!?」
言いながら、顔を上に向け、ポテトチップスの袋の底を指で叩くギン。
ポテトチップスの欠片を全て食べようとしているのだろう。
「我慢なんてできねーよな。うん」
言いながら、ゴミと化した袋をかばんに入れ、今度はクリームパンの袋を取り出すギン。
「我慢ばっかしてたら、人生面白くないでしょ」
「それには同感だけどよ。それしても、体型に関してはデメリットがありすぎないか?」
現に、今も身体が重いせいでこうして息切れを起こしているわけだし。
「そうかもしれない。けどな、由紀彦。俺にとっては、食べるのを我慢することの方がよっぽどデメリットなんだよ!」
「うわ、うぜぇ……」
このしたり顔、うざさが倍増するなぁ。
「ん……? んんんんっ!?」
ギンが突然うなり声を上げた。
「由紀彦、こいつを見てくれ!」
そして、一本の木の根の間から、薄汚れたリュックを拾い上げた。
これは、もしかすると……?
俺はギンのそばまで駆け寄っていった。
「ギン、早く開けろ開けろ」
「わかってる。任せてくれよ」
ギンはリュックのチャックを開けて、中に手を突っ込んだ。
「むむっ!? こ、これは……!」
ギンはカッと目を見開いた。
「そーゆーの、いいから! 早く出せっつうの!
「まぁまぁ、そう焦るなよ由紀彦」
チッチッチッ、とリズミカルに舌を鳴らしながら、突き立てた人差し指を左右に振るギン。
「うわ、なにこいつ! 死んでほしい!」
もったいぶりやがって……まじでムカついてきた。
「ひでーこと言うやつだな! そんなこと言うやつには、これ、見せてやれないな」
言いながら、ギンがリュックから手を引きぬく。
「おぉぉ……やったな、おい!」
大当たりだった。
ギンが引っ張り出したのは、数冊の雑誌だった。
どの本の表紙にも、露出度の高い格好をした女が載っている。
アイドルのスキャンダルモノ、風俗情報モノ、素人の体験談やアイドルのグラビアが入り混じる週刊誌モノ。
それらを一言でくくるなら、エロ本という言葉が最適だろう。
「やるじゃねぇかギン! トリュフだけじゃなくて、オカズ探しも得意なんだな」
「え? なんでトリュフ?」
「トリュフを探す時は、豚を連れてくらしいんだよ。あいつら、トリュフのにおいを嗅ぎとるのがすげーうまいんだって」
「へぇ。じゃあ俺、受験するのやめてトリュフを探して稼ごうかな」
「お前なら名人になれると思うわ」
「……ちょっと待って。それ、俺が豚だって言ってるの?」
「近いものがあるじゃん?」
「ねーよ! ほんとに口の悪い野郎だな!」
「そんなことより、早く本を確認しようぜ」
怒り心頭のギンを放置して、俺はリュックの口を全開にした。
リュックの中には、10冊近くの雑誌が詰め込まれている。
「すげー、大漁じゃん! やっぱり今日パトロールに来て正解だったろ、由紀彦!」
それを見たギンは、怒りなどどこかに吹き飛んでしまったようで、目をきらきらと輝かせた。
「まぁな。一発目からこんなに大量に拾えるとは思わなかった」
リュックから取り出した雑誌を、表紙が見えるように地面に並べていく。
「なぁなぁ、エロゲー雑誌は俺でいいんだよな!?」
隣で雑誌の表紙を吟味していたギンが、肩を揺さぶってくる。
「俺は絵じゃ抜けねーから。漫画とエロゲーの本はおまえが持ってっていいよ」
「いよっしゃあ!」
ギンはガッツポーズを決めると、早速エロゲーの雑誌をめくり始めた。
俺はよく知らないけど、パソコンでしかプレイできないゲームがあるらしい。
そういうゲームを専門的に取り上げる雑誌がいくつかあって、ギンはそれがお気に入りなのだという。
「うわぁ……すげぇ……まじかよ……」
ギンは食い入るように、一つのページを見つめている。
「そんなにいいのか?」
ギンが開いている本を覗いてみる。
そこには『お兄ちゃんのお○んちん、奥までズボズボ入ってりゅうぅ!』だの『奇跡のぶっかけ百連発!』だのといった言葉が踊り、全裸で扇情的なポーズをとっている少女のイラストがいくつか配置されていた。
やはり、こっち系のエロ本は、俺にはあまりピンとこなかった。
「いやぁ……これはヤバいだろ……」
まぁ、こいつは楽しそうだし、何も言うまい。
「はぁ……。早くエロゲー買いたいなぁ」
「パソコン、買ってもらえそうなのか?」
ギンに返事をしながら、俺も気になった本をめくり始めた。
この週刊誌に毎号載っている、女がエロい体験談を語る記事が好きなのだ。
「無理っぽいなー。テストで全科目80点以上とらないと、自分用のは買ってくれないって」
まぁ、ギンにその点数はまず無理だろうな。
下手したら3科目合わせて80点、なんてことになりかねないやつだ。
「リビングにはあるんだろ? そこで夜中とかにやりゃいいのに」
「いやぁ、やりたいんだけどさ、やっぱり見つかった時が怖いじゃん。最近、パソコンやってるだけで親父も母ちゃんもうるさいんだよね」
「そりゃあ、この時期になっても勉強してる気配がなかったら、そういう反応にもなるだろ」
「姉ちゃんみたいなこと言わないでくれよ……」
ギンは本から顔を上げて、悲しげな目を俺に向けてきた。
こいつの姉のハナさんには、家に遊びに行った時に何度か会ったことがある。
「ハナさんも、お前みたいな弟がいたら大変だろうな」
ちなみにハナさんはかなりの巨乳の持ち主だ。
俺がハナさんと同じ家に住んでいたとしたら、自分を抑える自信が無い。
「ったくよー! 姉ちゃん、自分だって勉強できないのにうるさいんだよなぁ。大学にもスポーツの推薦で行ってるしよ」
「スポーツ推薦かぁ……。運動神経って、生まれた時から決まってるもんじゃん。それがたまたま恵まれてたからって、受験を楽にパスできるやつがいるなんて、不条理極まりねーよな」
スポーツ推薦で進学するなんてひきょう者だ。
ハナさん以外。
ハナさんは許す。
「ほんとそうだよなぁ。受験のルールで、納得できることなんか一つも無いな。うわ……こんなエロエロな世界があっていいのか……?」
受験の話はどこかに行ってしまったようだ。
「なに、どうしたの? なにが書いてあるの」
「やべぇよ由紀彦、こんなんありかよ!」
ギンがエロ本を俺の方に向けてきた。
赤い髪の毛の女と青い髪の毛の女が、二人でうすいモザイクがかかった肌色の棒を舐めているイラストが描かれていた。
「3P?」
「そう! このゲーム、純愛モノなのに3Pだよ! しかもこのキャラの組み合わせなんて、俺が何度も妄想してたよ!」
「いや、おまえさぁ……こんなのありかよとか言ってたけど、現実じゃありえねーだろ」
「現実なんかどうだっていいだろ! 俺にはこのエロワールドの方が大切なんだよ!」
鼻息を噴射ながら叫ぶギン。
「俺にはそれがエロいとは思えねーけどな」
「なんとでも好きに言ってくれ。俺は俺のエロ道を歩いていくしかないんだからな!」
フゴー、と鼻を吹き鳴らして、ギンはエロ本読みを再開させた。
俺も雑誌に目を落とした。
この号では、キャリアウーマンが上司との不倫を打ち明け、子持ちの未亡人が同窓会で再会したかつてのクラスメイトとの色恋について語っているようだ。
なんというふしだらな世界だ……女は怖いな。
女なんてみんな、エロい体験を隠しもっているんだろうな、どうせ。
「……なぁギン。ハナさんって、彼氏いんの?」
「え? なんだよ急に」
雑誌から目を上げないまま、ギンが答える。
「いや……ハナさんて、モテそうじゃねーか」
「知らない。聞いてないもん。けど、ゴールデンウィークに帰ってきた時、金髪にしてた。姉ちゃん、完全にヤンキーだよ」
金髪か……ずいぶん思い切ったな、ハナさん。
ハナさんは女にしてはだいぶ髪が短かった。
『運動してて汗かくから、髪が長いと邪魔なんだよね』
いつか、自分の髪型について、そんなふうに話していたことを思い出した。
ハナさんなら、金髪でも、似合うんじゃないか……と、なんとなく思った。
ハナさんも、やってんのかな。
……まぁ、美人で、巨乳で、大学生ときたら周りの男が黙ってないよな。
やってんだろうな。

2/赤い太陽 5時のサイレン 6時の一番星

「よし、じゃあ分配はこれで文句ないな?」
リュックの中にはいろいろなジャンルのエロ本が入っていたので、内容が俺の好みか、ギンの好みかで振り分けていった。
「オッケー!」
「まぁ、気になるのがあったら、今度貸すからよ」
「しばらくはこれで大丈夫かな……今日、五冊手に入ったじゃん。一冊で、十回は使えるじゃん。で、五冊だから……」
ギンが指を立てたり曲げたりしながら数を計算している。
しかも遅い。
「五十回だな。じゃあ、十日は新しいオカズは必要ないか」
俺の暗算の方が早く答えを出してしまった。
こんな調子でこいつは受験を乗り越えられるのだろうか。
「いや、新しいオカズでオナった後って、前から持ってるオカズでもなんか新鮮に抜けるんだよね。だから、しばらくは大丈夫だな」
「あぁ、それ、すげーわかる」
「あれ、なんなんだろうな」
「不思議だよなぁ」
「今日は帰ったらオナりまくるわ! シコシコナイトフィーヴァーだぜ!」
「き、気持ち悪すぎるだろ……」
俺はさっさと帰ることにして、ギンに背を向けて歩きだした。
「ちょ、ま、待てよ! ちょ、待てよ!」
背後から、キムタクもどきがついてきた。
「お前、全然似てねーものまねすんのやめろよ!」
だいたい、ものまねのものまねをするなっつうの。
「いいじゃんいいじゃん、気にすんなよ」
小走りで追いついてきたギンはそう言いながら、またエロ本を開いた。
「おまえな、道に出る時にはちゃんとしまっとけよな」
「わかってるって」
歩きながら菓子を食うわ、エロ本を読むわ……こいつはもう少し理性を働かせなきゃダメなんじゃないか?
「ていうか、道に出る時に立ってたらまずいだろ。もう読むのやめとけよ」
「だいじょーぶだって。誰も俺の股なんか見ないっつうの」
「あっそう。そう言うなら、そうすりゃいいよ」
俺は少し離れて歩けばいいだけだし。
「あ、そうだ! 聞くの忘れるとこだったよ」
唐突に、ギンが本から顔を上げて叫んだ。
「由紀彦さ、新しい技、なんか見つけた?」
「技か……最近は、すごいの思い付かねーんだよな」
実は昨日、尻を天井に向け、頭と首を床に付けて行為に及ぶというプレイを思い付いたので試してみた。
そんな格好をしているという恥ずかしさが、背徳的な興奮を生むのではないかと思ったのだ。
いざ始めてみると、この体勢ではとにかく頭に血が上ってくることがわかった。
頭に血が上ってくるということは、脳が活性化し、性的快感が増すのではないだろうか。
そう思ったのもつかの間、ふつうに気持ち悪くなってきてしまった。
急いで事を終えたが、特に快感に変わりはなく、むしろ事後の虚無感がいつもよりも強かった。
成績が受験に影響する大事なテストの前日だっていうのに、なにやってんだろう……。
その後は焦る気持ちから机に向かい、いやに勉強がはかどってしまった。
そんなふうに、日々アイデアを探し、思い付いては実践し、失敗しては改良するということを繰り返していた。
しかしこの技に関しては、ギンに教えるのが恥ずかしいので黙っておくことにした。
「マジかよ……。俺、昨日、カップラーメン使ったやつを試そうと思ってさ」
「おまえさぁ……。道具を使うのは邪道だって、何回も言ってるだろ」
二つの手、十本の指。
これらを駆使し、いかにして快楽を生みだすか。
それが困難でもあり、また、楽しみでもある。
その試行錯誤の喜びが無くなってしまうから、俺は道具を使うのは嫌いだ。
「まぁ、最後まで聞いてくれよ。で、ラーメンにお湯入れて、三分待ったんだよ」
「はぁ。それで?」
「蓋を開けて、匂いを嗅いだら、なんか腹減っちゃってさ。そのまま食っちゃった」
「……おまえって、やっぱバカなのかもしれないな」
「……そうかもしれねぇ。けど、男なんて、エロいことしてる時はバカになるもんだろ?」
顔をきりりとさせながら言うギン。
もう、俺からは何も言うことはできなかった。
「シカトはひどくないか!?」
俺が呆れていることがわかったのか、ギンもそれからは言葉を発さなかった。
この林の中では、俺たちが枯れ葉を踏みしめる音や、風に揺らされた木がこすれ合う音、鳥が鳴いたり羽ばたいたりする音くらいしか耳に入ってこない。
五月のはじめくらいまでは、新芽の青臭さが鼻をついたが、今はもう気にならない程度には落ち着いている。
多分俺は、この場所が嫌いではない。
エロ本を見つけた後、その場で少し読んでいくのは、この場所の静謐なところが気に入っているからだろう。
人がいないし、不快にさせられる音がしない。
拾ってすぐに家に帰ってしまったら、本の内容を堪能する前に速攻で抜いてしまってなんだかもったいない気がするので、ここでお互いに監視し合いながら冷静に読むという理由もあるが。
「……ん?」
そんなことを考えながら歩いていると、木々の間から見慣れないものが目に入った。
50mほど離れた場所にあるそれには、上から順に、黒、紺、白という色が付いていた。
正確な大きさはわからないが、おそらく俺よりは小さいだろうと思う。
それがある辺りは太陽の光が届いていないのか、薄暗くてよく見えない。
ここからでは遠いし、目を凝らして見ても、それがなんなのかはわからなかった。
近付いて確認してみようと思い、歩く足を速めた。
「お、どうしたんだよ由紀彦」
「あそこになにかあるんだよ」
俺は振り向かないまま答えた。
雑木林の中に、この前まで無かった物が置いてある。
そうきたら、面白い物を期待してしまうのは俺だけじゃないだろう。
ずいぶん昔、竹やぶから大金が入ったかばんが発見されたという話を聞いたことがある。
警察に届けられたものの落とし主は現れず、その大金は発見者のものになったという結末だった。
俺は胸が高鳴っているのを感じる。
大金じゃなくても、なにか、俺のことを……このくだらない日常を変えてくれるモノであってほしいと望んでしまう。
そうしていると、そのなにかが、動いた。
「え。あれ、人じゃねーのか?」
ギンの言った通りかもしれない。
だとすると、あれの一番上の黒は髪の毛で、そこから下は服ってことか。
髪の長さからすると、多分、男ではないだろう。
近付くにつれて、だんだん状況がはっきりしてきた。
よく見ると、その人の足元には、白いものが置かれている。
その人はそこから何かを取り出して、地面に積み上げるという動作を何度か繰り返している。
「……はぁ」
思わず、落胆のため息をついてしまった。
歩く速さも、自然と落ちてゆく。
……なんだよ、人なのかよ。
別に、珍しいものでもなんでもなかった。
冷静に考えてみれば、こんなどこにでもある県立公園の、何の変哲もない雑木林の中で非日常的な面白さに出会おうなんて、バカげた考えにも程がある。
こんなしょうもないことで期待し、胸を躍らせてしまう自分自身がばかに思えてくる。
「なぁ、あれ、女の子だよな?」
「え? あぁ、多分そうなんじゃねーの?」
自己嫌悪に陥っている俺をよそに、どうやらギンは、その女に興味を持ったようだ。
「こんな所でなにしてるんだろうな」
俺はその女の近くを通らないように歩く方向を変えようと思っていたのだが、ギンは女へ向かってのしのしと進んでいった。
言われてみると、確かに、一人でこんな所に来る理由がわからない。
女がまとっているのは、どこかで見たことがあるようなセーラー服だった。
ここまで来てみてわかったが、女が紙袋から取り出しているのは本だったようだ。
わざわざこんなところに捨てに来るということは、人には見せられない本なのだろうか。
……ということはもしかすると、あれはエロ本?
へ、へんたいだ! 
あれだけ大量のエロ本を持っていたということは、あれはとんでもないへんたい女じゃないか!
やっぱり女はみんなへんたいなんだ!
俺が世界の真理を悟りかけていると、女は高く積み重ねた本の上に片足を乗せた。
そしてその足を軸に、本の上にのぼってしまった。
……なにやってんだ?
女は本の上でゆっくりとバランスを取りながら立ち上がった。
すると女の顔くらいの位置にぶらさがっている、ひものようなものを手に取った。
どうやらそのひもは、女の頭上にある木の枝にくくりつけられていて、そこから垂れ下げられているようだった。
それは周囲の木の色に溶け込んでしまう茶色だったので、気が付かなかった。
よく目を凝らしてみるとそのひもは、途中で結び目が作れらていて、そこから下は輪のような形をしている。
女が手にしたひもの輪の部分が、上下に伸びて形を変えている。
おそらく女が下に引っ張ったりしているのだろう。
強度を確かめるような仕草だった。
「なぁ、ギン。あの女さぁ……もしかして、首吊ろうとしてるんじゃねーの?」
おそるおそる口にしてみる。
「いや、まさか……そんなはずないでしょ」
「じゃあ、なにやってるんだと思う?」
「さぁ……ぶらさがり健康法じゃない? 身長伸びるらしいじゃん、あれ」
「なんで、わざわざここでやってるんだよ」
「いや、森の新鮮な空気を吸いながらやれば、効果がアップするんじゃない?」
「そうか……確かに、それはあり得るな。うん」
目の前で人が死のうとしているのかもしれないと思うと、少し気が重かったが、ギンがアホみたいなことを言っているのを聞いて、少し安心した。
そうだよな、まさか、こんなところで自殺するやつがいるわけないよな。
……なんていう俺の考えなんてお構いなしに、女は、ひもの輪を両手でつかみ、その円の中に自分の顔を近づけた。
「うあぁぁぁぁぁぁ由紀彦、あの子やっぱ吊るっぽいわ!! 止めないと!!」
ギンが駆け出した。
「ちょ、止めてどうすんだよ」
下手に関わってしまうと、あとあとめんどくさいことになるかもしれない。
「とりあえず止めないと!」
「た、たしかに!」
もし女がここで死んだとしたら、この雑木林は立ち入り禁止になってしまうかもしれない。
そうしたら俺たちの狩り場が無くなってしまい、深刻なオカズ不足に陥ってしまう。
ひとまず、女には別の場所で吊ってもらうことにすれば問題ない!
とりあえず、止めよう!
俺もギンに続いて、女のほうへ走ることにした。
「おぉぉぉぉーい! ちょっと待ってぇぇぇぇ!」
走りながら、できるだけ大きな声で女に呼びかけた。
女は俺の声に気付いたようで、こちらを振り向く。
そのまま、こちらをじっと見つめて動かない。
よし! そのまま、輪っかに顔を突っ込まないでいてくれ……。
「ゆっ、由紀彦っ、頼んだぁっ」
ギンはというと、早くも息切れを起こしていて、俺との距離はだいぶ開いていた。
俺は無事に、女のもとへとたどり着くことができた。
よし!
どうにかこの森の平和を守ることには成功したようだな!
女は驚くでも怒るでもなく、冷ややかな目をこちらに向けている。
まるで俺のほうがおかしなことをしているんじゃないかと錯覚してしまうような……そんな目だ。
そして女の両手はまだ、ひもをつかんだままだ。
そこで動作は止まっているが、こいつを本の山から下ろすまでは、安心できない。
とりあえず、何か言わないと。
「お……おまえ、死ぬの?」
……あれ?
俺、なに言ってんだ?
「え?」
女は小首をかしげて、疑問符をこぼした。
この女がなにをしようとしているのかなんて、この状況を見れば誰にだってわかることだ。
俺が言わなきゃいけないのはそんなことじゃなくて、この女を一時でもいいから踏みとどめる言葉だ。
「あ……いや、だから、その……」
……けど、この女は、どんなことを言えば死ぬのを思い直すんだ?
そもそもこいつは、なんでこんなことをしてるんだ?
こいつのことをなにも知らないのに、自殺を止めさせるような言葉なんて考えつけるはずがない。
そう思うと、うかつに言葉を掛けられなくなってしまった。
「なにか用ですか?」
「なにか用って、そりゃ……」
死なないでくれって話だけど……そんなこと、そのままの言葉を言ったところで何の意味もないだろう。
俺たちの間に重い沈黙が降りる。
心臓がドコドコと早く大きく鼓動する音が、耳の中にうるさく響く。
俺はこの女になにもしてやれない。
けれどここで死なれるのは困る。
俺のそんな事情は、この女にはなにも関係ないのだ。
俺は……どうするべきなのか、わからない。
「うおぉぉぉぉ!」
そんな沈黙を破ったのは、ドスドスと大きな音を立てながら走ってきたギンだった。
「ギン!」
ギンは俺の呼びかけに答えることなく、そのまま女のもとへ走り寄った。
そして……。
「早まるんじゃなあぁぁーい!」
ギンは女の足元でジャンプした。
勢いづいたギンの身体は女のほうへ飛んでいき、そのまま女の腰の辺りに抱きついた。
「えっ」
女は突然の出来事に身動きがとれないようだった。
ギンと女は重力の法則に従い、積み上げられた本の山を崩しながら地面に衝突した。
「おい、大丈夫か!?」
俺はあわてて二人に駆け寄った。
二人は、ギンが女の上にのしかかる形で倒れ込んでいた。
「う……」
女がか細いうめき声を出した。
その平均的な女子の体躯の上にギンの体重が乗っているとなると、かなり苦しいだろう。
「おい、ギン!」
ギンの肩を揺さぶってみる。
するとギンは勢いよく半身を起こし、女の肩をぐっと捕まえた。
「死のうとするなんて間違いだよ! なにがあったか知らないけど、生きてれば絶対に良いことだってあるんだよ! だから死のうなんて思っちゃだめなんだよ!」
女の身体を揺さぶりながら、大きな声で語りかけるギン。
揺らされるがままの女の頭は、がくがくと前後に動いた。
こいつ……なんつうキレーゴトを。
「いいから、とりあえずどいてやれって! 苦しそうじゃねーかよ」
ギンの巨体を、女から引き離した。
女は大きく目を見開いて、茫然としていた。
「おい、大丈夫か?」
「ん……少し痛いけど、大丈夫だと思います」
なんともなさそうな言い方をする女。
とりあえず女を立たせるため、手を差し出す。
女は俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
そして、尻の辺りを手でぽんぽんはたいて、服のしわを伸ばした。
その動作はあまりにも日常的で、こんな状況なのに動じているようには見えなかった。
「あの……それで、どうしたいんですか?」
「は? どうしたいって、そんなの……」
俺は、その先に言葉を続けることができなかった。
確かに、どうしたいのかと聞かれたら、俺はこいつにどうしてほしいんだろう。
「こんなばかなことは止めてほしいんだよ、俺たちは! きみは、死のうとしてたんでしょ?」
ギンは熱のこもった口調で、声を上げた。
俺たちって……なんで俺も混ざってるんだよ。
「そうです」
「なんでそんなことしようとするの?」
「……別に。生きてる理由が無いからです」
……生きてる理由?
「家族とか、友だちとか、君がいなくなったら悲しむ人はたくさんいるんだよ! それなのに死のうとするなんて、自分勝手だよ!」
「友だちはいません。それに、お母さんは私のことはいらないみたいです」
ずいぶんと重たい言葉を、表情の一つも変えずに告げる女。
自分が告げた事実に対して、あまり苦しみを感じていないのかもしれない。
こいつの生活が、普通の学生よりも過酷なのだろうということは、なんとなくわかった。
「そんな……。けど、嫌なことがあったからって死のうなんて考えちゃだめなんだよ! きみは今、悪いことしか目に入らなくなってるんだよ!」
「今はじまったことではないです。ずっと、こうですから」
「そ、そんなわけ無いよ! 生きてれば、楽しいことだっていっぱいあるじゃないか!」
「楽しいことなんて、なにもありません」
「……これから先、良いことが絶対にあるって! それを信じて生きていかなきゃいけないんだよ!」
「私が生きているだけで人に迷惑がかかります。根拠の無い言葉を頼りにして生きていくような余裕は、ありません」
「けど、けど……」
ギンは何か言葉を紡ごうとするが、女への反論が見つからないようだ。
……ここまで言われてしまったら、もうお手上げなんじゃないか。
あいつなりになんとかしようとしているのはわかるが、今のやりとりを見ていて、俺たちにできることなんてなにも無いということがはっきりわかる。
俺は自殺を考えたことは無いが、この女ほどに追い詰められた経験もおそらく無い。
この女が抱えている問題を解決できるような力は、俺たちには無い。
それにこの女の態度を見ていると、もはや生きていこうという意思がすでに失われているんじゃないかと思う。
問題を解決したり、生きがいを探そうなんて考えは無いんじゃないか。
おそらく、自殺を止めるような存在も求めてはいないだろう。
今のギンの言うような気休めの言葉は、この女にはなにも意味が無いのだ。
しかし、参ったな……。
俺たちがずっとそばに付いていれば、この女が今日ここで自殺することは止められるかもしれない。
けど、本人の意思が固ければ、俺たちが目を離したところでいつでも自殺はできるんだ。
二十四時間見張っていることなんてできないのだから。
けれど俺たちは、こうして一人の女が自殺しようとしていることを知ってしまった。
それも、俺たちが頻繁に足を運ぶこの公園で。
このままならこの女は、遠からず自殺をするだろう。
この状態でこの女を放って帰るなんて、後味が悪くてできない。
だが、これだけ説得をしても、女の決心は変わらなそうだ。
「はぁ……」
知らずに、溜息が漏れてしまった。
せっかくテストが終わって開放的な気分だったのに、とんだ難問を突きつけられたもんだな……。
「もう、いいですか?」
女はそう囁くと、ほんの少しだけ俺たちの反応をうかがうように待った。
俺はギンに目を向けたが、あいつもうつむいたままなにも言わなかった。
すると女は、足元に散らばる本を拾って、また積み重ね始めた。
……せめて、ここでするのをやめてもらえれば、この公園には影響が出ないだろう。
せめて今日は一度家に帰って考え直してもらえれば、後はこの女がどうなろうと、俺たちには関係の無いことだ。
それに、少し頭を冷やしたら、死のうなんて気持ちは無くなるかもしれない。
俺たちにできることなんて、今、この場で死ぬのをやめさせることくらいだ。
……それ以外に、なにができるっていうんだ。
こうして、この女を見つけてしまった時点で、運が悪かったんだろう。
そうやって、割り切って考えるしかない。
……どうして、なにも関係の無い俺たちがこんな気持ちを味わわないといけないんだ。
本当に罪悪感を抱かなきゃいけないのは、この女の周りにいるやつらなはずなのに。
……仕方が無い。
『とりあえず今日は帰ってくれ。ここで死なれると、たくさんの人に迷惑がかかる』
そう伝えよう。
情けが無いのは自分でもよくわかっている。
けれど、俺にはなにも……。
「じゃあさ!」
ギンが叫んだ。
「きみは、どうしても今日死なないといけないの?」
……考えることは、俺もあいつも同じだったみたいだな。
「早く死なないといけないんです」
女は動きをとめ、ギンをまっすぐに見据えながら、聞かれたことだけに答えた。
「早くっていつ? 今日じゃなくてもいいんでしょ?」
やたらと強引に言葉を継ぐギン。
「……そうだとしたら、なんなんですか」
今日である必要はない、ということだろうか。
「じゃあ! 俺たちと一緒に、いろんなことをして過ごそうよ! 一週間!」
「……え?」
「はぁ?」
女と俺が、ほぼ同時に声を出した。
ギン……なに言ってんだ?
俺たちってなんだよ。
俺も含んでるのか?
いろんなことってなんだ?
こいつが言ってることが、なに一つ理解できない。
淡々と言葉を返していた女も、ぽかんとした顔をしている。
「……どういうことですか?」
「だから、いろんなことをするんだよ! 楽しいことが無いって言ってたけどさ、それなら、俺たちがきみのことを楽しませるよ!」
閉口してしまった。
なんなんだ、その理屈は。
「楽しいことがあれば、死にたいなんて思わないはずなんだよ!」
「……」
女も俺と同じようなことを考えているのか、黙り込んでいる。
「いいでしょ? 俺たちも、きみを放っておいたりできないんだよ。一週間経って、それでもまだ死にたいって言うなら、その時は止めないよ。一週間だけでいいんだよ。ね?」
「……一週間ですか?」
「そう! 一週間なら、大丈夫でしょ? 俺たち金無いし、大したことできないかもしれないけど、絶対に楽しくするから!」
女は眉根を寄せて、視線をさまよわせている。
おいおい、こんなバカらしい話、考えることなんかないだろ……。
「頼むよ……ね? 俺たちだって、こんな形ではあるけど、こうして知り合った女の子が死んじゃうなんて嫌なんだよ」
ギンが再び、女の肩に手を置いた。
「……」
女の頭がかすかに、縦に動いた。
「それは、いいってことなんだよね? 今日は、死なないんだよね?」
「……わかりました」
女が、今度は口で肯定の意思を示した。
「よし! じゃあ決まりだね。よかったなー由紀彦!」
ギンは片手でガッツポーズを決めた。
おいおい、冗談だろ……。
ついさっき出会った女に、俺たちがなにをしてやれるって言うんだ。
俺たちはなんの取り柄も無い、ただの学生だ。
どう考えても、状況が好転するとは思えない。
そうは思うものの、ここで余計な口をはさんだら状況が悪化してしまうかもしれない。
……今は流れに合わせておくしかないのか?
「おれ、奈津毛銀平(なづけ ぎんぺい)! よろしくね。きみの名前は?」
「高塔清子(たかとう きよこ)です」
「で、こいつは……」
ギンはこちらを振り返った。
名前を言え、ってことなのだろう。
「あぁ……おれは、森美由紀彦(もりみ ゆきひこ)」
「よろしくお願いします」
女は、ゆっくりと深く頭を下げた。
「そんなかしこまらなくてもいいって! 清子ちゃん、今何年生なの?」
……こいつ、どさくさにまぎれて、ちゃん付けで呼びやがったぞ。
「三年生です」
「なんだ、じゃあ同じ学年じゃん。タメ口でいこうよ」
「いや、三年っつっても俺らの三こ上かもしれないだろ」
「何言ってんだよ由紀彦。清子ちゃんが着てるのは神羽(かみはね)の制服じゃん」
ギンは立てた親指で高塔を指しながら言った。
「そうなのか?」
「そうです」
神羽というのはここらでは有名な、幼稚舎から大学まである女子校の名前だ。
「神羽は、進学すると制服のデザインも変わるんだなぁ」
「おまえさぁ……普通は制服見ただけでそこまでわかんねーよ」
さすが、ロリコンともなると、変なことに詳しいものなんだな。
「由紀彦が知らなすぎなんだって」
「俺の問題じゃねーだろ! ていうかその記憶力を、少しは勉強に活かせよ」
なにせ受験では、制服についての知識量を問われる問題は出ないのだ。
「ぐ……それは言いっこなしだろ!」
「あの……」
「ん? なぁに清子ちゃん」
ギンは俺と話している時とは打って変わって、にこやかな表情で高塔に応えた。
こいつ、女好きなのがわかりやすすぎてムカつくな。
「これから、どうするんですか」
「じゃ、明日から学校が終わったらこの公園に集合するっていうのはどうかな」
「わかりました。明日またここに来ます」
高塔はそう言うと、先ほど積み重ねた本を持ち上げた。
「おおっと、清子ちゃん、俺がやるって!」
ギンが高塔から本を奪った。
やっぱり、なんかムカつく。
「うっ! 清子ちゃん、これって、全部教科書とか参考書なの……?」
胸に抱えた本の束を見たギンがつぶやいた。
「そうです」
高塔は抑揚の無い声で返事をする。
確かに、地面に散らばっている本を見ると、教科書や参考書と、ノートのような冊子しかない。
なんでこんな物をわざわざ持って来たのだろう。
……と思ったけど、高塔の身の回りに踏み台に使えそうなものが無かったのかもしれないな。

3/10年経ったらおもちゃもマンガも捨ててしまうよ

「ありがとうございます」
本を全て紙袋にしまい終えると、高塔は俺たちに頭を下げた。
「いいっていいって清子ちゃん! 気にしないでよ!」
「私、帰りますね」
そう言って高塔は、二つの紙袋の持ち手に手をかけた。
「え、清子ちゃん、それ二つともいっぺんに持って来たの?」
「はい」
「めちゃくちゃ重くない?」
「必要な物なので」
「持って帰るなら、俺たちが持つよ」
こいつ、また勝手に俺のこと巻き込みやがったぞ……。
「え……けど……」
「いいっていいって、力仕事なら男の俺たちに任せといてよ!」
ギンが片方の紙袋を高塔から奪って、胸をどんと叩いた。
まぁ、しょうがないか……。
「ん」
高塔が持つ紙袋の持ち手に、俺は右手を引っかけた。
「……じゃあ、お願いします」
そう言うと高塔は、持ち手から手を話した。
やっぱり、中身が全部本なだけあって、けっこう重たい。
女の腕でこれ二つを持ち歩くのは、けっこう骨だろうと思った。
「ていうか清子ちゃん、敬語じゃなくていいって! 同い年なんだし、もっとフランクにいこうよ」
「……わかりました」
「って、敬語じゃんそれ。わかった、でいいんだよ」
「……わかっ、た」
「そうそう、それでいいんだよ!」
なんか高塔と喋ってる時のギン、調子に乗ってる感じがしてムカつくな。
早いところ紙袋を届けてしまおう。

「ここが私の家だから、もう大丈夫。ありがとう」
公園を出て、駅の方に向かってしばらく歩いてきたところで高塔が言った。
比較的新しい、高層マンションの前だった。
「ここが清子ちゃんの家かぁ。部屋の前まで持って行かなくっていいの?」
「あとはエレベーターで上がるだけだから」
高塔は少し強い語調でそう言うと、俺たちのほうに手を差し出した。
その手に紙袋を持たせると、高塔の肩が少し下がる。
やっぱり、こいつにこの重たい紙袋は不釣り合いだな。
「じゃあ、どうもありがとう」
「うん! じゃあね清子ちゃん! なにかあったら携帯にいつでも電話してね」
別に番号を交換したからといって、高塔から連絡してくることなんてないと思うけどな。
高塔は俺たちに背を向けて歩きだした。
「また明日ねー!」
ギンは両腕をブンブンと振って、高塔を見送る。
「おまえ、恥ずかしいからやめろって」
高塔は振り向かずに、そのまま自動ドアを抜けてエントランスへ入っていった。

「……で。お前、これからどうするんだ?」
二人きりになったところで、俺はギンの考えを聞いてみることにした。
「どうするってなにが」
「なにがじゃねーだろ、全部だよ。自殺しようとしてる女と一緒に過ごすなんておかしいだろ。それも、一週間も。どうするつもりなんだよ」
「いや、なんにも考えてないよ!」
けろりとした顔で答えるギン。
「はぁ!? なんにもって、お前……」
「しょうがないじゃん、あの場で清子ちゃんのこと止められなかったら、お前も困ってただろ?」
「そりゃまぁ、そうだけどよ……」
あそこで高塔が自殺してたなら、俺たちにとって不都合だったことは確かだ。
かと言って、これから一週間あいつと顔を合わせて『楽しいことをする』という方法しか無かったのかと言えば、そういうわけではないと思う。
……他のやりかた、思い付かないけど。
「とりあえず止めれたんだし、よしとしようぜ」
「おまえさぁ……。明日から、全然知らない女子と過ごさなきゃいけないんだぞ?」
「今は知らなくても、これから知っていけばいいじゃん」
「なんでそんな軽く考えられるんだよ。あいつ、自殺しようとしてるんだぞ? どうやって接したらいいか、わからねーよ」
本気で自殺を試みるような人間の精神状態というものが、想像できない。
ギンと話しているのを聞いただけで、高塔が問題を抱えていそうなのはわかる。
それに、どこに触れられたくない話題があるかわからないし……いきなりおかしな行動を取り始めるかもしれない。
そう思うと、なんだかおそろしく感じてしまう。
まぁ、もし暴れるようなことがあったとしても、女子が相手であれば対処には困らないかもしれないが……。
「由紀彦は考えすぎなんじゃないのか? 清子ちゃん、普通の子だったじゃん」
「普通か? 俺にはあいつがなに考えてるのか、全然わかんねーよ」
「だから、それはこれからわかるようになるって。だから一緒に、清子ちゃんとなにするか考えようぜ」
「はぁ!? 俺も一緒に考えるのかよ」
しれっとした顔で、とんでもなく無責任なことを言い放ちやがった。
「そりゃそうだろ!」
当たり前だとでもいわんばかりの口調だ。
「んなこと言ったっておまえ……楽しいことってなにすりゃいいんだよ」
「まだ考えてないってば。とりあえず、やっててすごく楽しいこととか、生きてて良かったって感じるようなことを清子ちゃんにもやってもらうんだよ。清子ちゃんに『楽しい』って感覚を教えてあげられれば、きっと自殺しようなんて考えなくなると思うんだよな」
「……そういうもんか?」
「そりゃそうだろ! だって、楽しいこととかやりたいことがあるのに、死んだりしないだろ?」
「……考えたことねーよ、そんなこと」
「こりゃあ忙しくなるぜー! もう勉強してる暇なんかないな!」
ギンの耳にはもう俺の言葉は届いていないらしく、ヤツのテンションは目に見えて上がっている。
もともとほとんど勉強してねーだろ、という突っ込みは口に出さないでおいた。
「自殺ねぇ……」
死のうと思ったことがないから、どんな気持ちかなんて全然わからない。
楽しいことは、たくさんあると思う。
テレビや映画を観ることは楽しい。
漫画を読むことは楽しい。
ゲームをやるのは楽しい。
俺にとっては楽しいけど、それは自殺したいって気持ちを帳消しにできるくらい楽しいものなのか?
……考えてみても、俺にはわからなかった。
楽しいってことがプラスの感情なら、自殺したいっていう気持ちはマイナスの感情ということになるのだろうか。
プラスとマイナスの足し算みたいに、プラスが大きければマイナスは綺麗に消えてなくなるものなのだろうか。
どれくらい嫌なことがあったら、人は自殺したいなんて思うようになるんだろうか。
……たとえ俺たちが高塔の心にプラスを付加できたとしても、あいつに圧し掛かっているマイナスが大き過ぎるなら、意味なんか無いんじゃないのか。
『友だちはいません。それに、お母さんは私のことはいらないみたいです』
『楽しいことなんて、なにもありません』
『私が生きているだけで人に迷惑がかかります』
断言だった。
あれだけはっきりとした言葉だったことを考えると、もしかしたら高塔自身も、いろいろと考えた結果の行動だったんじゃないだろうか。
「……なぁ。おまえ、自殺しようと思ったことあるか?」
自殺という問題が、他のやつにとってはどの程度身近な話なのかわからなかった。
「えっ!? おっ、おれか?」
「なんでそんなキョドるんだよ」
「俺はそうだな……ちょ、ちょっとしか無いと思うよ」
あるのかよ。
なんの気なしに聞いたことだったけど、意外な答えが返ってきた。
「ふーん、そっか」
考えてみれば、あまり軽々しく踏み込んでいい話題ではないことだ。
それ以上は、特に何も言わないことにした。
しようと思った理由が気にならなくはないが、あまり聞かれて気持ちの良い話じゃないだろうと思ったので、それ以上は突っ込まなかった。
……心当たりも無いわけじゃないしな。
「ま、まぁあれだよ由紀彦。逆に考えればいいんだよ。俺たちみたいなモテない野郎が、かわいい女の子と遊べるチャンスができたってふうにさ。この先、こんなこと無いかもしれないだろ?」
「……いや、無理やりポジティブな感じで流そうとしても無駄だぞ。どう考えても、楽しめる状況じゃない」
「由紀彦はほんとに後ろ向きな考え方だよなぁ、いっつも」
「うるせー……。それに、かわいいっつうのも、正直俺はあんまりわかんねー」
「えっ!? なに言ってんのおまえ! 清子ちゃんめちゃくちゃかわいいじゃん! 髪はさらさらだし、肌真っ白だし、目はうるうるだし、いいにおいするし、話し方は丁寧だし」
「うわ……」
こいつ、ドヘンタイだな……。
あのどさくさで、よくそんなところを見てたもんだ。
ていうか高塔の話し方は丁寧なんじゃなくて、愛想がないだけだろ。
「はぁ……。清子ちゃん、ほんとにかわいいよなぁ……」
……ん? ちょっと待てよ。
うっとりした目をして溜息をつくギンを見て、嫌な考えが生まれた。
「……おまえさ、もしかして、一緒に楽しいことを探すっていうの。女と遊びたいからって理由で言ったんじゃねーだろうな」
「え?」
「いや、だから。おまえ高塔がタイプなんだよな? あいつと近付きたいから、一緒に遊ぼうとか言い出したんじゃねーだろうな」
「それだけじゃないよ。清子ちゃん、すごく大変そうじゃん。誰にも頼れないで困ってる子が目の前にいたら、なにかしてやりたくなるだろ」
「……けど、あいつのことをかわいいと思ってるんだろ?」
「それはもう事実だからしょうがないだろ。清子ちゃんがむちゃくちゃかわいいのは」
なんか煙に巻かれてる気がすんなぁ……。
考えても仕方ないことか。
「……まぁ、別にかわいいとは思わないけどな」
「本当に素直じゃないな由紀彦は! あの子が原宿なんか歩いた日には、ソッコーでスカウトされるぞ。あんなうるうるした目に泣きぼくろなんてレッドカードもんだろ! だいたいなぁ……」

ギンが高塔がどれだけかわいいかをまくし立てていると、俺とギンの家の分かれ道に差し掛かった。
「じゃ、また明日な由紀彦。明日は俺が考えてきた楽しいことやるから、明後日は由紀彦の番ね。ちゃんと楽しいこと、考えてこいよ!」
「んー……まぁ、なんか考えてきてはみるけどよ」
「頼んだぜ。じゃあな」
「おう、じゃあな」
手を振って別れた。
楽しいこと、か……。
「あぁぁぁぁっ!」
何歩か歩いたところで、ギンの悲鳴が聞こえた。
「どうしたんだ?」
少し戻って、ギンが進んだ方の道をのぞきこむ。
「やっべぇ、エロ本忘れてきちまったよ……。清子ちゃんを止める時、走るのに邪魔で放り投げたんだよな」
「うわ。おまえバカじゃん」
「やっちまったよ……まぁ、明日拾えばいいかぁ。それに今日は清子ちゃんのこと考えなきゃなんないしな」

部屋のドアを閉めて、後ろ手で鍵を掛ける。
「ふー……」
今日はいろいろあって疲れたな。
午前中までテストを受けていたのに、なんだか同じ日のことだとは思えない。
部屋着に着替えて、そのままベッドに倒れ込んだ。
身体を受け止めてくれる布団の感覚がやたらと心地良い。
このまま電気を消して目をつむっていれば、すぐに眠りに落ちるだろう。
けれど夕食まであまり時間も無いし、中途半端に睡眠を取るのも嫌なので起きていることにした。
……自殺。
自分で自分を殺すこと。
……死ぬ。
二度と目覚めないこと。
それはどんな感覚なんだ?
どうして死のうなんて思うんだ……俺にはやっぱり、全然わからない。
少し考えて、机の近くに放り投げたかばんを取るために立ち上がった。
夕食に呼ばれるまで、今日の戦利品を読んでいることにしよう。
雑誌をいくつかてきとうに取り出してベッドに戻る。
ページをめくる。
………………。
……これは……。
これは……いいぞ、おい……。
あ……。
これは、おい、いいんじゃないか……?
こ……こんなおっぱいを野放しにしておいていいのか……?
……俺も、早く大人になって、風俗に行こう……。
うわ……これは……天国だろう……。
当然、もうビンビンである。
しかし、ちんこに手を掛けることはできない。
今オナってしまったら、ティッシュの処理が困難を極めるだろう。
俺の部屋からトイレにたどり着くまでの間、家族の誰にも見つかってはいけないのだ。
今の時間帯、母さんは台所に居るだろうが、健二さんと咲子がどこに居るかは日によって違う。
自室に居たり、リビングに居たりと、全く予想がつかない。
これまでもこの時間帯にオナってしまい、三億のマイサンたちをトイレに流しに行こうとして決死行を試みたことはある。
しかし、バレてしまったが最後、今以上に家に居づらくなってしまうため、人の気配や物音に細心の注意を払わねばならず、本当に冷や冷やしたものだった。
オナニーが家族にバレること……オナネタが家族に見つかること……これ以上の屈辱など、この世には無いだろう。
オナニーは、家族全員が寝静まった頃にやるべきだ。
廊下で誰かと鉢合わせる可能性が一番低い時間帯に。
今はまだ、この欲望に負けるわけにはいかない。
だが……しかし……。
今、俺の手の中にあるこのフレッシュなニュカマーたち。
こいつらの、なんと扇情的なことだろう。
この、風俗潜入レポートも、オンナの性体験暴露記事も、グラビアアイドルの濡れてテカる肌も、やたら生地の小さい水着も……。
全てが俺の下腹部を強く刺激する。
『私でヌいて』と言わんばかりに、『男の生殖本能をそそるためだけに存在しているの』と言わんばかりに。
俺は……この挑戦的なオンナたちから、目をそらすのか?
今抜かずにいつ抜くと言うんだ?
男として、名折れじゃあないのか?
時計にちらりと目を見やる。
そろそろ、夕食が出来てもおかしくない時間だ。
高い。リスクが高すぎる。
……いや、待てよ?
夕食が出来あがり、母さんも健二さんも咲子もテーブルに着く。
その隙に俺はトイレへ向かい、大量虐殺のその痕跡を全て下水へと流してしまう。
鉢合わせのリスクは……限りなくゼロに近い。
俺はもしかして……天才なのか?
どう考えてもミスの起こりようが無い、完全犯罪じゃないか!
よし、そうしよう!
そうと決まれば早かった。
俺は布団の中で部屋着を脱ぎ、全裸になった。
服を着ていてもできることはできるのだが、脱いでいた方がなぜか快感が強まるのだ。
新しいオカズたちを迎え入れるにあたって、万全の快感体制で挑んでやるのが礼儀だと思ったので、今回は非着衣による抜きの儀式をすることにした。
そしてティッシュを箱から五枚抜き取り、枕元に重ねて置いた。
普段は四枚しか使わない。
なぜなら、ティッシュの減りが早いと親に疑われそうだからだ。
しかし今日の興奮度から考えると大量の射精が見込まれるので、万全を期すために一枚増量することにしたのだ。
準備は整った。
よし……始めよう。
俺はチンコを握った。
はじめは10段階中で表すなら、4ほどの力で握る。
そして徐々に握る力を強めていき、快楽のさじ加減を調節するのだ
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「うああああっ!」
突然、ドアをノックする音とともに咲子の声が響き渡った。
とっさに、エロ本を布団の中に隠した。
「お兄ちゃん、ちょっとドア開けて!」
な、なんで急に……。まさか、バレてるのか!?
いや、もしバレてたとしても、妹に性欲の発散を咎められる筋合いは無い。
「早く開けて! ちょっと話したいの」
咲子は部屋に入ろうとしているのか、ドアノブがガチャガチャと音を上げている。
一瞬ひやりとしたが、いつもどおり鍵を掛けていたので開きはしない。
ふすま一枚しかプライバシーを守る壁がなかった時代のことを考えるとおそろしいな……。
ていうか、ティッシュが無かった時代って、どこに出してたんだ?
「……もう、いい!」
と、他のことに思いをはせていると、咲子の足音が廊下の向こうに遠ざかってゆき、すぐに消えた。
「……ふぅ」
とりあえず一安心だな。
幸いなことに、まだ萎えていなかったので再開することにした。
まったく、急になんだったんだ、咲子のやつ……。
夕飯が出来たから呼びに来たって様子ではなかったよな。
「ま、いいか」
と、いざ再開しようと握りしめた瞬間、どたどたと廊下の向こうから足音が近づいてきた。
しつこいやつだな……何度来ても無駄だというのに。
足音は俺の部屋の前で止まった。
そして今度は、ドアノブから聞きなれない音が鳴った。
金属同士がぶつかってこすれ合うような、思わず鳥肌が立ってしまいそうな音だ。
『ガチャン』
「えっ?」
鍵が開くような音が聞こえたと思った時には、もう遅かった。
ドアが開いた。
咲子の右手には、マイナスドライバーが握られていた。
妹よ、それは禁じ手だ……。
「お兄ちゃんのあほ! 嘘つき!」
顔を紅潮させた咲子が怒鳴りこんできた。
「学校で大恥かいちゃったんだよ。どうしてくれるの!」
一通り苦情を言い終えたのか、咲子ははぁはぁと呼吸を繰り返した。
「うぅーん……どうしたんだよ咲子」
俺はなるべく、眠たげな声を出すようにつとめた。
「……あれ。お兄ちゃん、もしかして寝てたの?」
ドアが開いて、咲子が部屋に入ってくるまでの一瞬に、布団を引っ張り上げて身体だけは隠すことに成功したのだ。
当然、布団の下は裸であり、チンコもビンビンである。
「うん、そうだけど?」
「部屋が明るかったから起きてるのかと思ってた。なんで電気つけたまま寝てるの?」
クソ、我が妹ながら目ざといやつめ……。
「いや、なんかお化けが出そうで怖いなぁって思って……」
「ほんと? どうしたの?」
「いや、学校で怖い話聞いちゃってな。ははは……」
「大丈夫? 今日、一緒に寝てあげようか?」
「ばかか! いいよべつに!」
「怖かったら遠慮しなくてもいいからね?」
「いいって言ってるだろ! それよりなんの用だよ、いきなり部屋に入ってきて」
「あ、そうだ。おじゃまたくしーじゃないじゃない! おたまじゃくしじゃない! なんでそんな嘘つくの!」
「……え? なんのことだ?」
「お兄ちゃんがわたしに、おじゃまたくしーって教えたの! わたしはちゃんとおたまじゃくして言ってたのに、『それっておじゃまたくしーだぞ』って言ったの!」
「そうだっけなぁ……。悪いな、おれもずっとおじゃまたくしーだと思ってたよ」
「……そうなの? じゃあ、わざとじゃないの?」
「おいおい咲子……おれが、おまえにそんな嘘を教えて、なにか得するのか?」
「……そうだね。ごめんねお兄ちゃん、疑っちゃったりして」
「別にいいって。気にするなよ」
「もうご飯出来るから、そろそろリビングに来てね」
「夕めし、なにが出るの?」
「あのね、わたし、サラダ作ったんだよ。ポテトサラダ。それとね、にんじんとキャベツときゅうりを切って、とうもろこしを……」
「ちょっと待って。にんじんとキャベツときゅうりと、あとなんだって?」
「え? とうもろこしだけど」
「それって、とうもころしのことか?」
「もころし?」
首をかしげる咲子。
「おまえ、一緒にトトロ観た時、めいがとうもころしって言ってたの忘れたのかよ」
「あ、そっかそっか。そうだったね。とうもころし」
恥ずかしかったようで、少し顔を赤らめる咲子。
こいつは勉強はできるのに、なんかちょっと抜けてるんだよなぁ……。
「じゃ、お兄ちゃん、わたしは先にリビングに行ってるからね」
咲子はそう言うと、部屋から出ていった。
俺はまだ立ったままだ。
けれど、なんだか気分が覚めてしまったので、おさまったらリビングへ行くことにした。