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どうもこんにちは、炭谷一郎です。
5月は
・謎の腹痛と高熱に見舞われるけどゴールデンウィークだから病院やってない
・熱のせいで頭痛がひどく、コミティアを早退する
・マッカートニーのライブが中止になる
・ASKAさんが逮捕される
と散々な出来事ばかりでした。
人生つらい……。
このつらさをバネにして、シナリオを頑張っていこうと思います。
けどつらさ(≒負荷)をかけすぎてバネが壊れてしまったら元も子もないですよね。
難しいな、人生って!

突然ですが、みなさんは「オタサーの姫」という言葉はご存知でしょうか。
僕もつい3~4か月前に知った言葉なのですが、オタサーというのはそのままオタクのサークルのこと。
学校のサークル活動にも、何かを作っているサークルにも使われるようですね。
姫というのは、男子ばかりになりがちなオタサーでたまに見かける、紅一点の女性メンバーのことを指す言葉のようです。
概して、世の中の平均よりは少し美的レベルが低いけれど、男ばかりの集団にいるからちやほやされている女性のことを指しているように思います。
もちろん、ネットが発祥のスラングなので、定義はかなり曖昧になっていますけど。
この「オタサーの姫」とセットのようにして「サークルクラッシュ」という言葉も流行していました。
略して「サークラ」と呼ばれるこの言葉は、サークルが何らかの原因で空中分解してしまう様をさします。
クラッシュの原因は人間関係の悪化、
メンバーのバックレにより活動継続が困難になる、
何かの制作をスタートさせたもののやりたいことが違う、
モチベーションや技術に差が合って足並みがそろわなくなる、などなど。
要するに、メンバーで協議をして活動を終了するのではなく、中途半端な形で潰れるということですね。
この2つの言葉はネット上でちょっとしたブームのようになっていて、一時期よく見かけたものでした。
オタサーの姫とサークラがセットで語られるというのは、姫をめぐって起きたいざこざがサークラの原因になるということが多いということでしょう。
いわゆるサークラ大戦という現象ですね。
すくなくとも、ネット上であるあるネタとして語られる程度には発生しているようです。
ネットでサークラについて書いている人の多くが、クラッシュの当事者だったり、知り合いがクラッシュに巻き込まれていたり、という具合。

正直な話、僕はクラッシュ現象というのを見たことがありません。
オタサーという集団に所属していたことがないのです。
そしてはじめて入ったサークルであるシンコシンクは、現在男二人に女性二人という体制。
バランスが取れてしまっているのです!
今女性が入っても、男性側が劣勢になるだけで、その新メンバーを「姫」と呼ぶことはできないのです。
それにシンコシンクはまだまだ新参ということもあり、他のサークルさんとの交流もあまりできていない状態。
サークルクラッシュを、対岸の火事的な感じで面白おかしく眺めることすら許されないのです。(ゲス発言)

そういうわけで僕は、ネットでさかんに語られる「オタサーの姫」「サークラ」を経験できないのです。
みんなが「いやぁ……いろいろあったんだよね」と、さながら帰還兵のような顔で語るサークラ。
僕ははっきり言って、悔しくて悔しくかったです。
でも、指をくわえながら見ていることしかできなかったのです……。

そんなことを考えて悶々としている中、先日、一本の映画を見てきたのです。
その名も「アクト・オブ・キリング」。

とりあえず要約すると、インドネシアでは約50年前に、軍がクーデターを起こして政権を乗っ取るという事態が発生しました。
その際、インドネシア国内の共産勢力は新政府から敵とみなされ、虐殺に発展してしまいます。
とにかくひどい状態が続いていたようで、あるところでは村ごと焼き払われてしまうということも……。
実際には、本当に共産主義者であったかどうかは定かではありません。(そのあまりに酷い内情に興味がある方は、ぜひ映画をご覧ください)
そしてそれから約50年が経過した現在、その虐殺をおこなった人たちがどうなっているのかというと……
なんと、国中から「英雄」として扱われているのです。
未だに虐殺の被害者は「アカ」で、悪人であったということにされています。(もちろん共産主義者であろうと、政府に反抗していようと、暴力にさらされていい人などいません)

はじめ、この映画の監督のジョシュア・オッペンハイマー氏は、虐殺の被害者のドキュメンタリーを制作していました。
しかし、国家当局からあまりにもひどい妨害を受けてきたために、「虐殺の加害者」にスポットを当てることに決めたと言います。
加害者たちは「英雄」として扱われることに慣れているため、カメラの前でも愉快げに虐殺の模様を語ります。
そんな虐殺者に、監督はある提案をします。
「あなたが行った虐殺を再現し、映画を作ってみませんか」
虐殺者とその部下たちは、提案を受け入れ、嬉々として虐殺や拷問のシーンの演技をしていきます。
しかし、段々と、虐殺者の心の暗部も見え始め……。
心の傷を追った人間に対し、ドラマセラピーという心理学療法(?)がありますが、それに近いと言えるでしょう。

話が長い!
映画の話しはここまで!

とにかく、僕は思ったんです。
アクトオブキリングめちゃくちゃ面白い!
この手法を、真似ない手はありません!
日本人はすぐぱくりぱくり言うけど、「創作って言うのは伝承の産物。伝えることで生まれるのだ」という言葉を僕は信じます!(安易にぱくるって意味じゃないよ)
そこで僕はここに、一つの企画を提案したいと思います!
その名も「アクト・オブ・サークルクラッシング」!

実際にサークルクラッシュを経験した人に、サークルクラッシュについての作品を書いてもらうのですよ!
もしくは、サークルクラッシュを経験した人に取材を敢行して、その発言をもとに一つの物語にしてしまうのです!
複数の証言から一つの架空の物語を作るのか、一つ一つの証言を物語にし、オムニバス形式で描くのか。
どちらの手法を採るかは悩むところですが、それは実際に話を聞いてみてから判断する方がよいと考えます。
「オタサーの姫」「サークラ」について語られた作品は、あまり多くないような気がします。
しかしこれだけ話題になっていたのです。
かなり人の関心をそそる題材だと言って間違いないでしょう!
これは大ヒット間違いないしですよ!
だってみんな、オタサーの姫・サークラ問題にあれだけ興味シンシンだったわけですから!
わーーーーお金持ちやーーーーー大ヒットやーーーーー!

我こそはサークルクラッシュ経験者なりという方、AOC(アクトオブサークルクラッシングの略)の制作に携わってもよいでよ! という方、シンコシンクまでバシバシご連絡ください!
お待ちしておりますん!
ドラマセラピー的に言えば、サークラの当事者が、この話題を一番エグく生々しく描くことができるはずなのです!
もちろん、全てを事実で構成するよりは、面白いフィクションを混ぜるのが良いとは思いますが。

ちょっと思うのは、ノンフィクションをベースにしたノベルゲームっていうものも面白いんじゃないかなぁ、ということ。
けど、ノンフィクションをやるんだったら、イラストとかを使わないで、実写でやったほうがリアリティが出て面白いんですかねぇ……。
やっぱりリアリティ大事だと思うし。
単純に僕がノンフィクションをベースにした映画作品が好きなだけなのかもしれませんが、そういった作品には傑作が多いじゃないですか。
近年でも、園子温監督の「冷たい熱帯魚」、デヴィット・フィンチャー監督の「ソーシャルネットワーク」、マーティン・スコセッシ監督の「ウルフオブウォールストリート」、監督名は忘れましたがフランス映画の「最強の二人」などなどぱっと思い付くだけでもこんなにあるんです。
もちろん、どの映画も、原作となったノンフィクション本を題材にはしているものの、大幅に改訂されているもようではあります。
しかし、そもそもノンフィクション本が作成されるということは、「世間の耳目を集めるだけの実話(シナリオ)」か、もしくは「軌跡を追いたいと思われるような特徴を持った人物」がいるということなわけです。
冷たい熱帯魚で言えば「埼玉愛犬家殺人事件」という小説よりも奇なりと言わざるを得ないシナリオと、現代日本に居たとは思えない狂気的な夫婦の存在があります。
最強の二人は、主人公二人の人種や設定を事実から変更している点をみると、「体に障害を持った大富豪を、育ちの悪い青年が介護することになり、二人が少しずつ影響しあって良い方向に変わっていく」というプロットに魅力があったのだと言えるでしょう。
面白いかどうかは別としても、人生はすべてドラマだと思います。
そこをドキュメンタリー制作者やノンフィクションのライターは、多すぎる情報をブラッシュアップさせて物事の因果関係をわかりやすくします。
つまり一つの物語としての統合性を持たせて起承転結をつけるために、純化(不必要な情報の削除)という工程は経るわけです。
その際に、ドキュメンタリーを作った人の感性や主観が入ってきたりするので、ノンフィクションと言えど作家性がほとばしる傑作も多数あります。
個人的には「監督失格」はサイコーです。
できれば何の予備知識も無しに見ていただきたい……。
僕は男友だちと二人、軽い気持ちで劇場に足を運んだのですが、あるシーンでは二人揃って号泣してしまいました。
ドキュメンタリー映画ではまれに、とんでもないハプニングをカメラがとらえてしまうことがありますが、この映画はまさにそれなのです……。
一文であらすじを説明すると、妻子のあるアダルトビデオ監督が、アダルトビデオ女優と不倫をしていた90年代半ばから現在までを断続的に写しだすドキュメンタリーです。監督自ら制作しています。
あまりにカオスですが、ありのまま説明するとこうなってしまうのです。
「自分と、自分のオンナの関係をそのまま素描する」という手法で作られる映画はあまたあれど、その中でも監督失格はトップクラスの生々しさをそなえた作品です!
なんと主題歌・劇中音楽に矢野顕子さん、プロデューサーに庵野秀明さんという豪華スタッフ陣まで付いています。すごいっすね。
何が言いたいのかというと、ノンフィクションは被写体をありのまま写さなければならないものではない!
どんどんオリジナルの要素をぶっこんで面白くしていってもよいのだということです!

というわけで、ドキュメンタリー、もしくはノンフィクションのような形で「サークルクラッシュ」が語られる機会があるとすれば、とても面白いものになるのでは?
と思いました。

そもそも、物語の中では、登場人物の「強い気持ち」がどこかに存在しているはずだと僕は考えます。
強い気持ちについての説明は長くなるので排除します! きっとみなさんが好きな物語を思い返せば、登場人物の誰かが強い感情を示しているはずです。でないとドラマは生まれない。
サークル(人間関係)がクラッシュしてしまうということは、その過程でかならず、誰かの「強い気持ち」が働いているということではないでしょうか。
たとえば、姫をめぐってのトラブルがおきているのだとしたら、「強い恋愛感情」がうごめいていることが予測できますね。
周囲の人間との関係を崩壊させてでも一人の女性を結ばれたいと願うなんて、とても強い気持ちと言うほかないでしょう!
もしくは恋愛感情はあまり関係なく、男同士での「モテ度」争いのようなパターンもあるかもしれませんが……。
モテ度争いだったとしても、それはそれで面白い題材にはできそうですけどね!
また、アクトオブキリングの手法にのっとるのであれば、サークラを語る側の「心の闇」もあぶり出すことが可能となるのではないでしょうか。
不謹慎な試みではありますが、人の抱える心の闇が生みだすドラマには傑作が多いことも事実です。
もちろん引き出したその闇を、どんな方向に導いていくか、というのもドラマを作る人間の手腕の見せ所ですよね。
それが、アクトオブキリングが傑作たるゆえんでもあるのです。
ほんとすごい映画ですよあれ。
デートにおすすめ!

というわけでオタサーの姫、サークラ問題。
これらには、ドラマを構成しうる面白い題材がゴロゴロと詰め込まれているのです!
作品化する価値はおおいにあると思いませんか?
アクト・オブ・サークルクラッシングの制作に、皆さんの力を貸してください!